2015年07月31日

蟻が砂で囲う理由は

アリが大きな獲物を見つけると、獲物の周りに砂粒や小石、枯葉などを運んできて囲う。

諸説あるようですが、獲物がねばねばしていると運びづらいからというのもある。

この写真を見ると、砂よりも大きな小石、枯葉、小枝などもあり、ネバネバ対策よりも、囲うことと隠すことが目的のように思う。

SDIM1855.jpg

ありんこは、獲物を隠すために堤防を築く。他のアリや昆虫に横取りされないようにかな。
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2015年07月30日

進化論 水草、魚、哺乳類

ムジナモとクロモは、冬に殖芽をつくり冬眠する。

エビモは、夏に殖芽をつくり夏に休止する。(近縁のセンニンモは冬に殖芽をつくる。)
SDIM1847.jpg
氷河期に適応した遺伝子なのだろうか。植物にとっては、温度と日光があった方が良いのだろうけれど、ことごとく拒否するこのひねくれ具合が良いねえ。

水草は、一度陸に上がり、再び水中に戻った植物である。きっと、恐竜やカンブリア紀などの草食動物が水中にあふれていた時代に、陸上に避難して、そしてまた獰猛な草食動物がいなくなって、再び水中に戻ったのだと思う。

同じように、哺乳類も、鳥類も、豊かな海ではあるが敵の多い海を離れて、陸に上がったものの、たくさんの大きな敵がいなくなって、また豊かな水中に戻ったのだと思う。クジラもペンギンも、アシカもマナティーも。

浮き袋を持つ魚は、いちど淡水域に行った魚がまた海に戻ったものである。これも、海水中での、たくさんの大きな生物から逃れるように汽水域や川で生活するようになり、酸素の不足する淡水域でまず腸に空気を貯めて酸素を吸収するように進化して(ドジョウ)、それが浮き袋へと進化した(多くの硬骨魚類)。
 これもあまり知られていないが、海水魚は酸欠ですぐに死んでしまう。淡水魚は酸素濃度が下がるとすぐにわかって酸素を求めて移動する。海水魚やイソギンなどを飼う場合には、水槽内の水の循環をよくしないといけないのはそのためである。海水魚は金魚のように酸素が少なくても鼻あげなどしないのだ。

「水中から陸上へ、陸上から水中へ」または「海水から淡水へ、淡水から海水へ」という生物の変遷は、捕食者からの逃亡という要因が第一の理由ではないかと考えている。
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2015年07月03日

海の塩分濃度


荻上チキ氏のラジヲを聴いた。
2015年07月01日(水)金子豊二「魚の体の不思議な仕組み」Session袋とじ
http://www.tbsradio.jp/ss954/2015/07/20150701session.html

そしたら、海の塩分濃度は不変であるという前提で魚の進化を説明されていた。

しかし、私は、以前に
『生命と地球の歴史』岩波新書 丸山茂徳 磯崎行雄 
を読んで、古代の海は真水だった。それがだんだん濃くなったという説を信じていた。
だから、脊椎動物の体液は、古代の海の塩分濃度なのだろうと思っていた。

また、
浮き袋を持った魚は、いったん川に住み、そしてまた海にもどった魚。
エイやサメのような魚は、ずっと海水にいた魚。
クジラは、一度陸に上がり、また海にもどった魚。だと思っている。

そして、このようなサイトを読んでみているが、よく解らない。
角皆静男氏のサイト
海水の塩分2
http://members3.jcom.home.ne.jp/mag-hu/Tsunogai/10Shitugi/14Enbun2.htm

海の塩分濃度は、常に変化している。そして、生物の体液もそれに合わせるように進化してきた。というのが私の今のところの信じるところ。

それにしても、生命って不思議だなあ。

もしかしたら、脊椎動物の進化にこの塩分濃度が関係しているのかもしれない。
この浸透圧が、神経伝達物質とか、骨とか、何かに深く関係がある。
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2014年03月03日

ダイオウイカの発酵食品は美味しいだろう。

ダイオウイカを発酵させたら珍味だろうなあ。
ちょっと食べてみたら「まずかった」みたいなコメントの浅はかさ。
文化の衰退である。干し柿用の柿をたべて渋くてだめだと言っているのと同じだ。
それでも日本人か!!

アイスランドには、エイを地中に埋めておいて、一か月後に食べる発酵食品がある。
もとはノルウェーの伝統的な食べ物であった。クリスマスやお祝いの時に食べる。
実は、エイもサメも、浸透圧を尿素で調整する。むかし海は、真水であったのが、だんだんと塩分が濃くなったという説を私は信じているが、海水魚も淡水魚も私たちも羊水もほぼ同じ塩分濃度であるのは、そのむかし、その程度の濃度が海の塩分濃度だったからなのだろう。なんとも神秘な話である。
 その浸透圧調整をサメやエイは、尿素で行うから、その肉は時間が経つほどに小便の匂いがしてしまう。それをあえて発酵させることで、えも言わえぬ美味しい食べ物となる。しかも土に埋めておくというのがすごい。誰が考えたんだろうねえ。
 となると、イカと言えば塩辛であるが、腸の細菌を利用した発酵食品であるから、これが、尿素とえぐみとがあるダイオウイカにも適するのではないだろうか。
 ダイオウイカを普通の塩辛を作るように仕込んで、土の中に埋めなくても冷暗所に保管して2か月放置したいなあ。塩を効かせなくてもよいかもね。ああ、想像するだけで唾液が出てきます。なまぐさ坊主だなあ。
 ダイオウイカの発酵食品、絶対いけるぞ。
『地震と火山の島国 極北アイスランドで考えたこと』島村英紀著
『生命と地球の歴史』丸山茂徳 磯崎行雄 共著
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2010年03月26日

無我とアートマン

無我という話しをすると、目の前にいま、こうして話しをしてくれているあなたは存在している、という揶揄を言われる。

いや、その、アートマンはいなくても、五蘊仮和合といって、人は人らしい活動をできるのですよ。と説明する。

この説明で納得できるような人なら、はじめから先のような揶揄は言わないので、さらに説明をする、

雷が落ちる、人は、雷神が雷を落としたと信じている、でも私は、雷神さまはいないよ、という。

雷神様がいなくて、なぜ、雷が落ちたんだ、雷

信じる人に、それは無いと説明しても、理解してもらえないことが多い、「存在」「実在」「時間」「空間」「物質」「霊魂」「輪廻」「自我」「生命」なども、人が考えているように有るのではないということを説明するのは難しい。
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2010年03月25日

仏教と進化論

前々回の 「ウィルス進化論」といい、前回の「自己組織化」といい、ダーウィンの進化論によって神を否定されてしまった人々が、新たな神さがしを始めているかのようだ。宇宙に向かって大きな望遠鏡を設置している例もある、ほほえましくさえ思える。空に向かってアルコールを吹きかけて殺菌してみても、神は見えませんでした。

ふと思う、進化論って、仏教的だな。仏教といっても輪廻とかではなくて、シャーンタラクシタ寂護の縁起思想とかの仏教哲学が、進化論と同じだと思った。(輪廻はヒンドゥーです)

釈尊は、すべての生命の幸せを願っていた。

これだけを考えてみても、他の宗教とまったく違うことが解る。
人間を「特別視」してはいないのだ。
すべては、無常、空、無我、非相、だと説く。
だからこそ、ありのままのすべての現象が大切だと思えるのでしょう。無常だからこそ、いとしい。すべての生き物を好きになって、植物が美しいと思えて、地球がいとしいと思えて、生きていることが楽しいと感じられるのでしょう。

そして、もっと大切なことは、それ以外の迷信を認めないことだ。
リチャード・ドーキンスが、進化論を認めたくない人々による異論をどんどん退けていく姿と重なる。
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自己組織化

最近、進化論づいている私は、

『 自己組織化と進化の論理 』スチュアート・カウフマン著 日本経済新聞社 1999年9月
 米沢富美子監訳

を読んだ。図書館で借りてきた。

どうやら、人間が偶然生じただけの存在であることが気に入らないらしい。

神の計らいとしての「自己組織化」を主張している。
ダーウィンの進化論を認めつつも、神を信じていたい人にはお薦めの本だ。


 たとえは、ユングの 「共時性」 Synchronicity は、あまり言いすぎると、何でもかんでも共時性だと言えてしまう事である。ただの偶然も、何も関係ないことでも、なんでも関係あるとみることもできてしまう。
 同じように、進化における「自己組織化」も、淘汰によってのみ進化したものに対して、自己組織化が読み取れると、いくらでも言えてしまう事でもある。

それにしても人は、何も関係ない事柄でも、何か不思議な力がはたらいて、必然的にそうなったと思い込みがちだ。吉凶、星占いや、厄除け、加持祈祷、お守り、手相や、人相占い、姓名判断などが、流行っている現状である。
 いくら、迷信深いのと、信仰が篤いのとは違うのだと説明しても、理解できる人は少ない。血液型判断が良い例だ。しかもこれは、学歴や教養や、知能の高低には関係なく信じられていたりする。

話がそれてしまった、自己組織化に話を戻そう。
自己組織化やその背後にある神への信仰を否定して自然淘汰と遺伝子のイレギュラーによって進化したと主張する人は、なにも、生命を軽んじている訳ではないのである。
 むしろ、すべては移り変わり、実在といえる事柄も物質も存在しないと知り、生命や自我意識も実体ではないと知っている者こそ、このはかない生命がいとおしいと思えると思う。ありのままに花や木々が美しいと思えると思う。地球がかけがえの無い大切なものと心から思える。死後に神に救われたり、輪廻転生したりしないからこそ、この現実の世界に於いて、すべての生命が幸せであってほしいと願うのである。むしろ、神や生まれ変わりを信じる宗教が、現実において酷い差別を行っていることに思い巡らすべきである。

私の進化論への思いは、こちら次項有同胞
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2010年03月22日

同胞

リチャード・ドーキンスの、
『 ブラインド・ウォッチメイカー』を読んだ。
新装版は、『盲目の時計職人』という題に変わっている。

進化論を信じる人にとっては当たり前のことだけれど、全ての生命は、数十億年前の、一つの命から始まったということを思い巡らしている。どのように進化したかは色々説があるようですが、とりあえず進化して、植物や動物や、魚や昆虫になったということは確かだろう。

全ての生き物は、血縁というか、兄弟というか、親戚なのだと思った。

 全ての、今、生きている生物は、すべて同じ時間を生きてきた。数億年間、途絶えることなく、受け継いできた命を生きている。バクテリアも、木も花も、魚も馬も猫も、一つの同じ命から始まって、同じ時間を生きてきた。

 今、人間として生きているか、犬として生きているか、カラスとして生きているか、桜として生きているか、チューリップとして生きているか、カエルとして生きているか、クジラとして生きているか、アザラシとして生きているか、ペンギンとして生きているか、クラゲとして生きているか、オキアミとして生きているか、ミミズとして生きているか、アゲハチョウとして生きているか、カナブンとして生きているか、クモとして生きているか、松として生きているか、新型ウィルスとして生きているか、ミジンコとして生きているか、ゾウリムシとして生きているか、藍藻として生きているか、ゾウとして生きているか、ほうれん草として生きているか、命の現れ方が違うだけで、同じ先祖から生じて、同じ数十億年を生きてきた仲間である。

進化論って、そういうことなんだと思った。
こういうことを、理科の先生が教えてくれたら、私の人生も、違っていたかもしれない。満月
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2010年03月17日

ウイルス進化論

私は、生物に対して素人である。
単なる感想を述べたい。

『 新 進化論が変わる 』 講談社ブルーバックス 2008年4月
著者 中原英臣 佐川峻

色々な進化論が説明されていて、入門書にちょうどよいと思って手にしてみた。
読み始めて、18ページ、イギリスのヒツジのソイ種について、
 黒毛のソイは、毛色が淡いものより体格がよく寿命も長い。そこで、よく知られた適者生存や自然淘汰というダーウィン進化論の原則なら、当然、黒毛のヒツジが増えていくはずだ。ところが二〇年間にわたる観察によると、黒毛はむしろ減ってきているのである。
 この謎も、遺伝子の仕組みによることがわかった。イギリス、シェフィールド大学の研究チームの遺伝子解析によると、黒毛をもたらす遺伝子は、必ず「体格をよくする」と「子供が生まれにくい」という二つの遺伝子とセットになっているという。このためダーウィン進化論の原則に矛盾する現象が起きていたのだ。

 先ず私は、この研究結果が、どうしてダーウィンの進化論と矛盾するのかわからない。体格が良いことが有利でないこともあるし、淡い毛色の方が良い場合もあるし、悪い場合もある。寿命が長いことは、繁殖期を過ぎて老いたヒツジがいつまでも長生きしていると、食料が足りなくなり、自分の子を餓死させてしまう可能性もある。繁殖期が終わって、子育てがすんだ固体は、他に用が無ければ、寿命が短い方が世代交代がスムーズに行えるであろう。
 子供の数も、食料がたくさんあれば、たくさん生んで、たくさん育てるということが良いが、食料が少なく、親の保護が必要な動物なら、少しだけ生んで、それを大切に育てるほうが確実だろう。マンボウのように、ライオンが、3億もの卵を産まないのはそういうことだと思っている。
 どこもダーウィンの進化論と矛盾していないではないか。しかも、20年の観察で結論を出そうというのも乱暴だ。だいいち、ダーウィンは、数千万年の淘汰を念頭においているのである。
 今後、数万年後に、このソイが、どのような物を残していくのか、それはソイのみぞ知る。今は観察されたそれらの特徴が理解されたということである。

変な本だと思いつつ読み進めてみると、30ページに、

古モンゴロイドは南方系で、背が高くて手足も長く、体の体積に比べて表面積が広いので体温を奪われやすく、寒さに弱い。一方、新モンゴロイドは北方系で、手足が短く背も低いので熱効率がよく、寒さに強い。

これは、良く聞く話だ。定説かもしれない。しかし、わたしは納得がいかない。

だいたい、背の高さと、寒さをしのぐことはどれほど関係があるのだろうか。
 常識では、小さい方が熱は奪われやすい。大きいほうが、冷めにくいのである。それは、表面積と体積の比がぜんぜん違うからです。これは物理の常識ですね。また、同じ体積でしたら、球に近い方が表面積は小さくなります。背が低い方が表面積が小さくなるので、冷めにくいということなのでしょう。同じ体積ならという前提ですが、体重50キロの身長160センチの人と、体重は50キロで同じで、180センチの人と、どれほど熱効率?が違うと言うのでしょうか。私は、疑問に思っています。背が低いとか、太っているとか、個体差の範囲の話しでしかないのではないかと思っています。卑近な例ですが、北国に住む白人の人達は、背が高いですよね。

なんだかなあ、と思いつつ、キリンの話しだ。216ページ

でました、進化論を議論するとき、必ずでるキリンの首はなぜ長い、です。

私の持論は、「 敵から逃げるときに、足は速い方が良い。馬も牛も、そして捕食者のライオンなども、それぞれに走ることに磨きをかけてきた。キリンも例外ではない。キリンは、速く走るために足を長くする方向で淘汰してきた。キリンは走るとけっこう速いのだ。それに伴って、キリンと言えども水は飲まなければならない。座って水を飲む行儀正しい動物もいるかもしれないが、たいてい立ったまま飲む。キリンも立ったまま飲む。そのためには、首は足の長さと同じぐらい長くなる必要があった。」ただそれだけの理由だと思う。だいたい、キリンが食べる葉っぱは、低いところにもあるし。速く走れることが死活問題なのだ。そのために草食動物も肉食動物も進化してきたのだ。
 だから、ほとんどの動物は足の長さと首の長さはだいたい同じだ。ゾウは、首の変わりに鼻を長くした。それが自然のデザインだ。

で、中原氏の説は、「首が長くなるウィルスに感染したためだ」というのだ。さらには、首を下げたときに血液が首に流れすぎないように調節する「ワンダーネット」という器官があるが、たまたまそのワンダーネットを体内に持っていたキリンのみが、首が長くなるウィルスに感染しても生き延びられたのだという説明だ。
 じゃあ、首が長くなる前のワンダーネットの役目はなんだったのだろう、なぜ、足まで長くなったのであろう。ダーウィンの進化論でなければ説明がつかないと思うのだか。
 もちろん、ウィルス進化論でうまく説明できる場合もあるだろうし、実際に、人間が生きていくうえでもたくさんの菌やウィルスと共生しているから、進化の上で影響しあっていることは十分にありえることだ。


 入門書にはなりませんでした。

「ウィルス進化論」に興味がある人にはお勧めの本です。

私にはついて行けない。犬
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2010年02月14日

ハイランドカープ

ハイランドカープを飼いたい。

先日、知り合いに、ハイランドカープの話しをしたけれど、信じてもらえなかった。

クジラやシャチなどは、みんな知っている。

卵胎生は、グッピーに多いが、ハイランドカープは、真胎生である。

数センチの淡水魚が、胎生だなんて普通、知らない。
それでも、私たちは、魚を知っているような気になっている。
未知のことが多すぎて、どれだけ知っているのかさえ解らないのが人間の知識なのだ。

ああ、またヨシノボリが卵の世話をするのを見たくなってきた。
ディスカスみたいに体から乳が染み出る魚もいる。メスもオスも同じようにミルクを体から染み出させるらしい。
 あのタコだって、卵の世話をして、子供が孵るころに力尽きて死んでしまう。
posted by ta meta ta at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 進化論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする