2010年08月04日

Quark 科学雑誌?クオークを読む

クオークを知らないって?
そりゃそうさ、廃刊になったのは、1997年の6月。

以前このブログで、雑誌ニュートンは異常気象と温暖化をとてもセンセーショナルに記事にし続け、日本人に人為的二酸化炭素による気候変動説を正しいものと思い込ませ、今の騒ぎを引きおこした責任は重いと指摘した。
その時に、
「 どうせクオークも同じ様なものだろう。」と調べもしないで言ったのですが、そうではなさそうだというコメントをいただきましたので、
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/9488822.html
クオークの創刊号から廃刊号?まで見てきました。久喜の県立図書館。


今日は午後が暇だったので、昼から8時まで、クオークを読み続けてきました。
 わたしは、高校生の時に、物理の先生に、「ニュートンよりもクオークの方が一般受けする。読んでいて面白い。」と言ったことがあるが、そのころの思いを再認識した。
 まあね、図書館で広げていると人目が気になるような写真や大きな見出しが、、、。85年から87年までは、そんな記事が多い。ニュートンが環境や異常気象を前面に出して売り上げを伸ばそうとしたのと比較して、クオークは性や身近な事象を科学するという方向で売り上げを伸ばそうとしていたのであろう。どんな記事かというと
不思議の森シリーズ (この森とは股の毛のこと)
究極の性感帯
キンタマの七不思議
女性器の科学
乳房のGスポット などなど。
これを私は、中学高校生の時に読んでいたのだけれど、晩生の私はさっぱり理解ができなかった。

タブー視されていて、まともに議論されなかった性を、男女の関係の大切な一側面としてまじめに科学的に明らかにしたいという姿勢は、たいしたものだ。

しかし、ピタリと88年から性の特集はやめてしまう。その代わり、「森に訊け」「地球紀行」などの連載が始まる。自然環境ブームに乗った形だ。

クオークの記事の特徴は、ニュートンに比較すると、
生活に密着した科学
科学とも迷信とも思えるようなことにあえて挑戦する
人間の内面を探求する

と言ったことかと思う。
対照的に、ニュートンは、宇宙の不思議や物理の基礎科学などが多いかと思った。
 ニュートンは、外向的、クオークは内向的、と言えるかな。ニュートンは真理を求めて宇宙に目をやり、クオークは内なる生命に着目した。

また面白いと思った記事に、
毎年8月には、「水」の特集をしている。
時代を感じさせるものには、
エイズ、
ダイオキシン、
チェルノブイリから派生した原発批判
小惑星が地球に衝突するかも
地震予知、液状化、
脳科学、脳教育、才能、ストレス、右脳左脳、
第六感、死後の世界、ミステリーサークル、
心理学、性格、免疫、癒し、心は体のどこにある
などがある。

ニュートンと比較して、クオークは、雑誌の表紙に、異常気象や温暖化をショッキングな言葉で出さない。私はこれは、本当に対照的だと思った。

またクオークは温暖化の記事の数も少ない。科学朝日になると、もっと少ない。もっとも、科学朝日は88年に廃刊になってしまうから、温暖化ブームが本格化する前に廃刊になっているということでもある。

それでも、やはり、温暖化を取り上げている記事は、ニュートンの記事と内容は変わらない。

ニュートンは、温暖化と異常気象の記事は、毎月いくつも載っていたので、主なものだけ取り上げたが、クオークは、数えるほどしか記事がないので、すべてを取り上げられる。

1984年2月 地球温暖化とは何か
1986年3月 なぜ地球はこんなにも住みよいのか
1989年5月 地球の大気汚染全データ
1989年8月 酸性雨の恐怖!森が枯れる
1990年4月 紙ゴミ再生で森は救える
1990年7月 地球をいたわる暮らし方
特集であるが、原因を科学すると言う立場ではなく、実際に農薬を使わない、排水は浄化槽へ、トイレは雨水を、などの記事である。

1990年9月 主要企業72社にアンケート
         環境問題わが社のとりくみ
1990年10月 提案 環境問題はからだで覚えよう
         「地球の恵み体験のすすめ」
1990年11月 海面上昇の恐怖 東京水没のXデー

1992年11月 日本上空にもオゾンホール
1994年3月 日本の酸性雨は欧米並み
1994年5月 地球大異変
1994年6月 酸性雨の謎に挑む
1994年12月 異常気象に挑む最先端予報学
1995年2月 高等植物の急繁殖でわかった温暖化
         南極が緑の大陸になる!?
   同上   学会のレポート記事
        「謎は深く、影響は大きい。気候システムの謎を探る学会」

また、
1993年9月 地熱発電の未来は明るい 
1986年9月 原発と放射能についての39の常識
という記事を組み、原発推進とも取れる内容になっている。クオークは、原発を批判し危険性を指適する様に見せかけて、実は原発は危なくないよーっていう記事がある。

酸性雨問題で明らかになったように、当時、このまま10年もしたら、世界中の森が枯れて、被害がたくさん出ると予言されたが、結局、酸性雨は降り続けているが、何も起こらなかった。
酸性雨によって枯れたとされる木々は、単に寿命だったり、害虫だったり、森の崩壊と再生のサイクルの、その崩壊期の森を取り上げられたものだったりでした。
 同じことが、オゾンホールでも言えそうです。
 そして、CO2による温暖化説も、同じことでしょう。


まとめ
「 ニュートンと比較して 」

クオークを読んで、ニュートンの特殊性に気が付いた。
それは、編集長の竹内均氏の人格に由来すると思われる。
合理的客観的であろうとする。また科学とは認められないようなことには手を出さない。実用的な研究や身近な話題よりも、宇宙や地球の科学的説明が多くなる。
 「科学的であること」がニュートンには目標の一つになっていたのだろう。怪しいことにあえて挑戦したクオークとは対照的である。
 ニュートンは、既に研究が進み科学的に認められたことを紹介し、学生や一般人に科学の世界と面白さを広めようということである。クオークは、身近な迷信や思い込みなどを、無視もせず、鵜呑みもせず、科学的に検証していこうとする、どちらも、必要な態度だと思う。

 竹内均氏は、西洋近代主義の人だった、合理的で科学的であることを最高であると考えていただろう。そして、それに付随して、近代的自我と資本主義の社会もよいものとしていた。だから竹内均氏は科学の著作以外に、人生を成功させるという類の著作も多い。もちろん、論語や西洋思想を混ぜ合わせたご意見であるが、近代資本主義の社会の中で、いかに成功するかということが論じられている。
 ニュートンの創刊も、海外にはすでにあった子供向け科学雑誌のすばらしさに感動して、同じ様なものを日本でも発刊したいと考えて始めたということである。また、記事には、サイエンスやネイチャーからの転載も多い。欧米文化に追いつけ追い越せという思いが伝わってくる。
 そして、グローバル・ウオーミング、気候変動という時代の流れをいち早く日本に紹介して、先導して行きたいという思いもあったかもしれない。最新の科学的知識で啓蒙し警鐘を鳴らしてゆきたいと。やはりここで、竹内均氏は、IPCCなどの偽装に気が付けなかったのだと思う。これだけは、悔やまれて仕方がない。

クオークも、温暖化や異常気象に対する態度は、ニュートンと変わらないが、基礎科学よりも、実用に重点を置いた記事は、温暖化を扇動するようなことはしなかった。扇動せずにすんだというべきか。
ニュートンと対照的なのは、すでに書いたが、
1990年7月 地球をいたわる暮らし方
特集であるが、原因を科学すると言う立場ではなく、実際に農薬を使わない、排水は浄化槽へ、トイレは雨水を、などという記事にするところである。エコマークを奨励しているのは、まあ、しょうがないだろう。

記事内容に関係なく、意味もなく、無節操に、女性のヌード写真や、真っ赤なレオタードの女性が出てくるのは、クオークの特徴であるが、なんだかねえ。
posted by ta meta ta at 00:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 まったく同感です。クォーク愛読者だった私は、クォークの発行が終わって本当にがっかりしたものでした。ニュートンを読んでもなんかしっくりこず、クォークのような雑誌、もうでないのかなあと思いながら、ネットを見ていてこの記事を見つけました。
 いつかのクォークに書いてあった文章を思い出します。「この雑誌を愛読している女性に、ボインはいないはず。」と・・その通り。
 またクォークに会いたいです。
Posted by 魔女 at 2016年04月30日 13:05
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