2014年01月30日

アナカリスばかりだ

埼玉県内の川は、アナカリス、(オオカナダモ)ばかりだ。

久しぶりに川へ。
anakarisu (640x430).jpg

採取してよーく見たら、アナカリスでした。

帰化植物のアナカリス。 在来種のクロモを発見したいです。
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2014年01月29日

もう空想で原発を語るのはやめよう。

海外からの化石燃料への依存度を議論するなら、具体的な数字を検討しなければならない。
こんな空想で原発再稼働を主張しても、もう国民は騙されない。国民をなめてはいけない。

読売新聞は、自民党新聞であるが、この記事は、マイナスに働くのではないだろうか。

まず、東電が、原発と火力の発電コストや海外貿易の依存度などを公表すべきである。
それがなくて再稼働は議論することはできない。
そもそも、核燃料も100パーセント輸入です。そして核燃料の相場も社会情勢で変動します。

首相「原発、やめるわけにいかぬ」再稼働に意欲

首相はエネルギー政策に関し、「海外からの化石燃料への依存度が高くなっている現実を考えると、『原発はもうやめる』というわけにはいかない」と述べ、停止中の原子力発電所の再稼働に取り組む考えを強調した。
 首相は「原発依存度は可能な限り低減する」と述べ、原子力規制委員会が定めた安全規制を満たした原発だけを再稼働させる考えを重ねて示した。東京都知事選(来月9日投開票)で、原発政策を争点とする動きについては、「様々な機会を捉えて議論が行われるのは望ましい」と語った。
 消費税率を法律通り、2015年10月に10%に上げるかどうかに関しては、「経済状況を総合的に勘案し、本年中に適切に判断したい」と述べた。首相は、11〜12月に公表される国内総生産(GDP◎)の7〜9月期の数値などを考慮して最終判断する考えだ。
(2014年1月28日19時05分 読売新聞)

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2014年01月27日

日本人の信仰と天皇について

日本にいると、日本のことが気になる。安倍総理のめちゃくちゃな日本人論に憤りを感じる。
特に、日本人の信仰と天皇制について。

天皇家は、日本の神々の直系であるが、何か一般国民とは違った直系であるということになった。

そもそも、日本人は、すべての国民が、八百の神の子孫であり、先祖をさかのぼると、すべての国民の先祖は、日本の神々に通じでいるというのが、日本人の世界観であり、歴史観であり、信仰の基礎であった。

天皇家は、たんなる為政者でしかなかった。さらには、朝鮮半島をおわれて日本に逃れてきた部族の一つだったであろう。もともと日本にいた人々から見たらよそ者であった。その部族の中で武力の強かったものが政治の中心となり、天皇を名乗ったのであろう。

古代の日本の神々と天皇とは、まったくつながりがない。ただ「かんぬし」のような立場であった。
むしろ神話的には、国民こそが神々の子孫なのである。

これを、明治政府は、無理やり西欧の一神教をまねて、天皇信仰を作り出した。
天皇は神主のような役割であって神主は神ではないのであるが、神が現れた者だとしたことに無理がある。すべての国民こそが日本の神々の子孫であるにもかかわず、天皇家だけが直系みたいで特別だとしたことに無理がある。
また、日本人の信仰は多神教であったが、むりやり一神教のような天皇崇拝を押し付けたのも無理がある。

さらには、戦争に利用する目的で天皇制を明治になり急ごしらえしたのであるから、戦争のシンボルだと諸外国にみなされても仕方がない。戦争に負けてもう必要が無くなったら、京都御所に帰ってもらえばよい。江戸城になんで皇居があるのか意味が解らない。
だいたい税金を使って人を特別扱いして生かしておくなんて、いかれている。

いずれにしても、日本には以上の理由から、天皇信仰は根付かないだろう。むしろ、日本人らしさを考えたら、古代から江戸までの伝統を大切にして、明治から今日までの短い期間は反省した方が良い。
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ゆるきゃら考

古代から日本人の心にある地母信仰

ゆるきゃらは、そんな信仰心の復古運動であるかもしれない。

明治維新以降、千年以上にわたって信仰の中心だった、八百の神々、その土地々々の神と信仰心が否定されて、近代的自我の幻想を追い求めて、そのうさん臭ささに無意識のうちに気が付き、幻想を追い求めるのに疲れ始めているのではないだろうか。

千の風になってと言う歌が人々の心に響いたのも、古来からの日本人の生死観にぴったり一致したからだと思う。

ゆるきゃらが、どこかかわいらしくて、滑稽なのも、日本人の好みなのである。

各地で出土する土偶、おどる埴輪、かわいらしいイノシシや鳥や馬の埴輪。

日本人は、一度見失ってしまったその村々に伝わっていた神々の代わりに、ゆるきゃらを創作したのではないだろうか。

しかし、成功しているとは思えない、役所指導型の商業ベースということも失敗の原因ではあるが、多くの人々の共同幻想を取り込むことには成功していないと思う。
人々の関心が多岐にわたり、それぞれ個人個人が、いわば自分だけの宗教を生きているような現代では、みんなが納得してシンボルだと思えるようなものは、なかなか作れないのだろう。
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2014年01月26日

安倍 核で汚染された国は美しいのか

安倍晋三 原発だらけの国は、美しのか。

ちっ(怒った顔)

核で汚染された国は、美しいのか。

核施設が耐えられない大きな地震が10年ごとに来る国に、核施設がたくさんある国は、美しい国か。

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言い換え

日本人は、言い換えが好きである。

核 を 原子力

日本軍 を 自衛隊

売春 を 援助交際

隷属 を 対等な同盟国

敗戦 を 終戦

まだあだあるかな。
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先祖崇拝から欲望主義になった

脱原発を考えている

官僚主義を打開しなければならない

汚職は欲望主義による金銭の取引で行われる。

金銭によって政治がゆがめられてきた。金銭で簡単に買収されてしまうような政治家ばかりとなった。

拝金主義からの脱却を考える。

拝金主義になる前の日本人は、どんなだっただろう。そもそも日本人の心とはなんだっただろう。

やはり先祖崇拝が根本だったと思う。

これを呼び覚ませば、拝金主義を打倒できるかもしれない。

国は、国土と、国民と、歴史である。この三つであると思う。

空間としての国土、時間としての歴史、そしてそこに住む人々。この三つ。


ご先祖さまから受け継いだ土地を汚してはいけない。いま核を続けて核廃棄物を増やしたら歴史の汚点となる、私たちは、いま、核を本当に放棄しなければならない。

神が宿り先祖から受け継いだ田畑を守り、森を守り、海を守り、動物を守らなければならない。
核はそのすべてを破壊して復元不可能にしてしまうだろう。

日本人は、いま、欲望主義の悪に気づいて自覚して捨てて、本来もっていた先祖崇拝の心を思い出し、歩むべき方向を見定めなければいけない。

いま、経済的に余力のある今、コンクリートで覆ってしまった土地を、土にして、農業と林業を復活させて、国内での自給自足を目指して、東京の人口集中を郊外に散らして、日本全土を豊かにしたらよいと思う。経済は、一時的には落ち込むかもしれないが。
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欲望主義からの脱却

世界中が、欲望主義になってしまった。

今後の人類の課題は、この欲望主義からの脱却にある。

自我の支えが、金銭になっている。欲望は、金銭で満たそうとする。

合理的で近代的な強い自我を夢見ていたら、行き着くところは、拝金主義だった。

金がすべての社会になったから、政治も正義も、そう、原発も環境問題も、金を持っている者の言いなりとなった。

政治も財界も、マスコミも、金が接着剤だ。
金の為なら、公害や放射能や薬害エイズや耐震偽装や戦争で何万人も死んでもかまわない。


この欲望主義からの脱却ができない限り、この世界に正義は訪れない。


なぜ、人は欲望主義になったか。

近代合理主義とは、いわば、心の支えを神から自己に移したものであった。
しかし自己を支えとするというのは、おぼれているものが自分の足にしがみついているようなものである。支えにはならないのである。

そこで、なんのために生きるのか、その生きている実感を求めて、内なる欲望に目を付けた。もちろん個人の欲望を満たそうとすると世界と衝突する。そこでユングなどは、自分の欲望を満たしつつ、世界にも受け入れられるような真の自己、を想定して、真の自己を実践できたら、自分の欲の赴くままに行動してしかも周りの人に迷惑をかけないとう都合の良い状態を理想として自己実現、個性化となずけた。
しかし、心のどこをさがしても、そんな都合の良いものは見当たらない。失敗を重ねては、まだ本当の自己をつかめていないと考えて、次々と同じような失敗をさらに繰り返すだけである。近代合理主義とか理性とかは、幻であった。

真の自己もないとなると、たしかに心の奥でうずいていて、しかも満たされると満足感を与えてくれる欲望を心の支えとするようになった。

まあ、早い話しが、神や仏が死んで、ご先祖様も世間も捨ててしまったら、欲望に狂った人間になってしまったという、なんとも解りやすい結果である。
昔から、日本でも海外でも、宗教を信じていない者は信用されなかったが、今では宗教を信じているというと変人のように思われたりする。それより、私から見たらうさん臭い理性で律しているという人が信用されたりする。これほど信用できない人はいないのに。
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2014年01月25日

福島第一の5号機と6号機、現状を保存してほしい

福島第一原子力発電所の5号機と6号機は、地震の揺れを受けていて、なおかつ爆発していないので、地震の揺れによって、どれだけ破損したのか、パイプの破損、コンクリートの亀裂の状態などを調べることができる。

5号機、6号機の、地震による被害の報告はないのだろうか。

内部写真なども公表しないのだろうか。

柏崎の時のように、隠蔽し続けるのであろうか。

5,6号機がどうなっているのか知りたい。
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前の戦争で、何を反省すべきだったのか

日本人は、肝心なことを、何も学んでいない。300万人も戦死者を出したのに。

ペリーの脅迫に屈して日本は米国の植民地になった。しかし独立して日本人の誇りを取り戻そうとしたというのが、前の戦争の目的の一つだったと思う。

敗戦後に、日本は、戦争をしないとか、独裁政権はいけないとか、最大限の反省をしたつもりになって今に至っている。
しかし、本当に反省すべきことは、自閉的共同体の軍部(今でいう所の官僚や政治家や、財閥、)に国を任せてしまったことである。
日本人の誇りを取り戻そうとしたことは、間違っていなかったが、それを行ったのが軍部という自閉的集団の官僚であったことと、戦争という最悪の手段であったことが間違いだった。

日本人が学ばなければならなかったことは、「官僚に任せておいたらとんでもないことになる」ということであった。官僚は、国民が何百万人も戦死したり薬害エイズで死んだり、公害で死んだりしてもへっちゃらなのである。

政教分離とか三権分離とかだけでは不十分なのであり、政界、財界、官僚、報道、政治団体、の五つを分離しなければならないのである。

しかし、それにメスを入れようとした政治家は、簡単に失脚させられてしまった。

天下り法人の完全禁止も、特別会計を見直すというのも、いまだにできていない。

前に書いた文章をまたはります。

集団が形成されると、集団は例外なく、その集団にとって利益になるようなことを無批判に行うような盲目的な集団の共同幻想に取りつかれてしまい、その集団に属していない者から見たら、まったく愚かしいことを平気でやるようになる。とは、岸田秀氏の論である。「集団と狂気」

私は、日本がすっかり、原発は安全、放射能なんかこわくない、やっぱり電気は必要という共同幻想に取りつかれているとみている。これは、原発ムラと言うファシズムの策略である。

日本は、かつて、日本帝国と言うファシズムで痛い目にあっているが、また繰り返している。
岸田秀氏を引用しよう
「集団の愚行あるいは狂行を、それと気づいて押しとどめようとする人が出てきても、かの大日本帝国軍という集団の共同幻想を共有していない者になら、小学生でも明らかに愚劣とわかるインパール作戦に反対した小畑参謀長のように、集団から排除されてしまう。あるいは、ほとんどの人は、薄々と何だか変だと思いながらも、偉い人が決めたことだから、あるいは、これまでみんながやってきていることだから間違いあるまいとずるずる引きずられていってしまう。そういうわけで、集団というものは、たまたま不運にも愚かな指導者をもったためというのではなく、破局へと一路邁進突っ走るものなのである。かの大日本帝国の暴走も、国民に三百万人の死者を出した大東亜戦争の敗戦までは、誰も押しとどめることができなかった。」

日本は、ふたたび前の戦争の時のように、数百万人の死者を出して、国土を焦土(原発は焦土どころでは済まないが)にしないと、この原発ムラのファシズムから目を覚ますことができないのだろうか。

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2014年01月24日

日本人の信仰 2

日本人の信仰が、先祖崇拝にあったとすると、もともとの信仰とは簡単に変更することはできないだろうから、今の日本人を律しようとしたら、やはり、先祖信仰を復活させることが良いと思う。復活というより再確認するというか、思い出させると言った方が正しいと思う。

明治以降の近代的自我という思い込みが、先祖崇拝に大打撃を与えてしまった。明治維新が日本を破壊してしまったと嘆く人は多いけれど、先祖崇拝への影響こそ、日本人にとって最大の悪影響だと思う。


狭い意味での先祖崇拝にとどまらずに、ずーとさかのぼって、人類全体にまで思いを馳せて、世界平和を願うようになると良いと思う。
さらには、いきとし生けるすべての生命にも思いを巡らせられると良いと思う。

日本人の信仰は、仏教も神道もから離れて、別の形になって、日本人の信仰をよみがえらせ、社会秩序の根幹にできたらよいと思う。

これこそ、日本の心の糧ではないだろうか。
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日本人の信仰

日本人の信仰形態について

ひとつの仮説。

もともとの日本人の信仰は、まず、先祖崇拝であった。
死んだ人が、霊魂だけになって、その辺にふらふらしている。いつも見守っていてくれたりする。
千の風になってと言う歌が流行ったが、日本人に昔から有ったこの信仰の純粋な形が表現されていて、たくさんの日本人の心に共鳴したのだろう。正月とお盆には、御先祖様が、家に来てくれて、一緒に過ごす。
葬儀も、遺体は、共同墓地に捨てて、位牌だけを家におまつりした。だからか仏壇に仏像が無くて位牌壇のようになっていても気にしない。ご先祖様をまつるだけで満足してしまう。お寺にお参りに行っても、本尊様とか本堂にはお参りしないで、お墓参りだけして帰ってしまう。菩提寺の宗派とか本尊が何なのかなんて、全然関心がない。神社も、為政者が無理に押し付けた信仰なので、仏教と同じような状態だと思う。
家が火事になって、一番に持ち出すものは、位牌だった。貯金通帳に取って代わったのは、最近のことである。日本人が欲望主義になってしまったことの証拠である。

日本の信仰形態は、元は先祖崇拝であった。だから、死後の世界、例えば天国とか地獄とかいう概念も育たなかった。死んでも何となく現世に留まって、正月とかお盆には、生きている人たちと楽しめる。生きている人たちにご先祖様といって大切にされるし、毎日食事ももらえるし、美味しいものはまずご先祖様がら食べさせてもらえるし。楽天的に人々は生きていたと思う。
 仏教が入ってきて、天国とか地獄とか業とかいう概念が入ってきて、人々は楽天的な思いが薄れてしまい根暗になってしまった。古事記の黄泉の国などの話も、大陸からの輸入であってもともとも日本人の生死観とは違うと思う。
地獄や業の思想が無くても、日本人は、御先祖様が見ているという実感があったから、悪事をはたらくことにブレーキがかかったと思う。ご先祖様に顔向けできない、しかも御先祖様は、村の全員とつながっている。ご先祖様のとつながっているこの世間の感覚が、人々を律していた。

仏教は、早い時期にバラモン教、ヒンドゥー教と混ざったので、一気にインドに広がった。多神教的であり、輪廻と業の思想は、世界に広く受け入れられて。仏教という形で世界に広まった。そう、世界に広がったのは、仏教という名のヒンドゥー教である。日本には、仏教も古事記も、その素朴な多神教の性格が無理なく日本人に受け入れられて、それまでの先祖崇拝と融合して、定着した。

日本人にとっては、仏教も古事記も、外から押しつけられた宗教であり、本当の信仰は先祖崇拝にあると考えるのが妥当だと思う。
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2014年01月22日

脱原発をあきらめない


『 人はなぜ御用学者になるのか 地震と原発 』 島村英紀 著


書評なんて大それたものではございませんが、感想を一つ。

  「 もんじゅで大量のナトリウム漏れが起きたときに、私は何人もの欧州人に同じことを言われたことがある。
天災が少なく、責任概念が発達している欧州人にとっては、政府や当時の動燃事業団(今の日本原子力研究開発機構)がとった対策を静観しているだけの日本人の対応はかなり奇妙に見えた。かつて欧州でも同様の事故が起きたのをきっかけに廃炉にした続出したからである。日本人は、すべての事故を天災のように避けられないものと考えているのではないか、というのが私が知っている欧州人の反応だった。」p,24

私は、この文章を読んで、歴史と心理に関連させていろいろと考えた。
島村氏は、この日本人の性向の原因を天災が多かったからという一つの原因を述べられています。わたしもそのように思いますが、さらにいくつか原因を考えてみたいと思います。

日本人は、もともと日本列島にいた人々と、後から大陸から渡ってきた人、さらに南から海を渡ってきた人などで構成されていると考えます。その中でもあとから大陸から渡ってきた人が、古墳を作ったりした支配的な人々になったと考えます。
大陸から渡ってきた理由は、大陸で戦って土地を争うのが嫌いで、おとなしい人々が、戦いを嫌って大陸から逃げてきたという、よく言えば平和主義、おとなしい人々であった。あるいは、戦いに敗れて、屈辱と劣等感を抱きながら、しょうがなし日本に渡ってきた。大陸に住む人々に対して恨みを持ちつつも、自主的に新天地を求めてきたのだと自己欺瞞している。などなどいろいろ考えられますが、しょうがなしにしても、戦いを避けてにしても、なにかおとなしい、諦めの心境で日本に渡ってきたように思うのです。
 白村江で唐と新羅に負けて、朝鮮半島にはいられなくなり、しぶしぶ日本に来た人たちもたくさんいたでしょう。
 この建国当初のトラウマが、すでに日本人の性向を方向づけていたように思う。(参考 岸田秀)
 大国には逆らってもしょうがない、長いものには巻かれろ。
 しかたない、しょうがないという心理。
 それと、日本人独特の、世界では稀な「敗者の美学」みたいのが好きなようである。フランダースの犬、戦艦大和、長唄では、ただ「泣いて泣いて〜」と繰り返すだけのもあったと思う。探せばまだまだあるのではないだろうか。やるだけやったのだから負けてしょうがないじゃないかという精神論。
 昭和枯れすすきを好んで歌う人なんて、日本人以外はそうはいないだろう。

 おうえ、おかみ、「お上」という言葉と概念。お上には逆らわないという伝統。

 原爆投下、東京空襲でさえ、非人道的な攻撃であるのに、しょうがなかったと思っている日本人は多い。
 ペリーの開国の強迫に屈したのも、しょうがない。
 本書でも指摘されているが、チッソの公害なども、いまでも戦いは続いているが、しょうがないと諦めてしまった人も多いのではないか。
 何度も繰り返される「お上」からの理不尽な圧政、水俣病、薬害エイズ、アスベスト、耐震構造偽造、食品偽装、工業製品データ偽装、年金の紛失・使い込み、背任、諫早湾、銀行などの不良債権、本当のことを報告しない東電、もう絶望に慣らされてしまった?

 日本人は、天災だけでなく、為政者からも、理不尽な災難を被ってきた。そして、しょうがない、しかたがない、諦めるしかない、受け入れるしかない、という思いを強めてきてしまったのではないだろうか。

いま、日本は、諦め感さえ通り過ぎてしまい、原発はあってもいいじゃん、べつにどうでもいい、政府が何とかしてくれるでしょう。という心理状態にまでなってしまっているように感じる。
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2014年01月20日

ユニウエーブ 製作

まあ、ヤフオク情報ですが、

『 ユニウェーブスピーカ スピーカーシステムの設計と製作 』

高橋和正 別府俊幸 共著

http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e147038183


ラジオ技術誌の記事をまとめたものですね。

いま、別府俊幸氏のいくつかの記事は、氏のホームページで見ることができます。
http://www.aedio.co.jp/beppu/intro.html

いま私は、MFB(モーショナル・フィードバック)の方に興味があります。ってもう何年も前から試してみようとおもいつつ、今日までなにもしていない。
オンゾウラボ
http://www15.ocn.ne.jp/~onzow/list000530.html
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2014年01月19日

書評 これが結論 日本人と原発  竹田 恒泰 著

『 これが結論! 日本人と原発 』 (小学館101新書)
竹田 恒泰 著

なかなかよく書けている、って、私は何様のつもりだ。

原発は、発電のコストが他の発電方式よりも高い。
温暖化は、嘘。
現在において、一番頼れる発電方式は、火力しかない。
原発は無くても電力は足りていた。

ということは、常々、私が思っていたことであるが、この本と一致した。なかなか一致する本には巡り会えないので、この本は良いぞと思った。
温暖化は心配だけれど放射能の方が怖いから原発はやめた方が良いとか、原発をやめて自然エネルギーを開発した方が良いとか、放射能が怖いから、何が何でも原発には反対だとかいう本はよくあるのであったが。

しかし、あえて文句をつけると、
    送電線の費用は原発の発電費用に加算できるという文章。
 送電線は、原子力の為だけにあるのではなく、山奥のダムの水力発電をつなぐためにも必要なのである。またたくさんある発電所をつないで、需要と供給能力に合わせて発電能力を効率よくやり取りするためにも必要である。よって送電線のすべての費用を原発の費用とすることはできない。たしか、北海道から九州まで電線でつながっているはずである。

    アメリカは温暖化なんて信じていないという文章。
アメリカは、いまだに二酸化炭素削減を政策に盛り込んでいます。もちろん京都議定書に批准しなかったことは有名な話です。
なにしろ、副大統領のゴアが、不都合な真実という本を書き、映画まで作って、ノーベル賞までもらっているのです。最近では、さすがにその嘘もばれてきていますが、日本と同じで、石油に代わる新しいエネルギーを開発するとかの利権に群がる人びとがいるし、オバマは雇用対策の一環としてグリーンニューディール政策を続行しています。新しい原発建設の許可も出ています。

などなど、この本が言いたいことは正しいし私も賛成なのだが、事実確認が雑である。なので、この本で得た知識で、原発賛成派と議論をしようとしたら、揚げ足取りをされてしまうだろう。

この本をもっと精緻にいたような本がでたら、使えると思う。
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2014年01月18日

再稼働を阻止したいの?

原発を再稼働するという自民党が政権を握っている。

国民は原発再稼働には、賛成なのだろう。

2012年の衆議院選挙では、自民党が圧勝した。

なぜこんなことになってしまったのか疑問だった。
当時、私は日本にいなかった。
日本の新聞もテレビもラジオも週刊誌も見ることがほとんどできなかった。

最近になって、福島原発の事故当時の総理であった菅直人に、福島原発の爆発事故の責任を押し付けようとした人たちがいるのを知ってびっくりした。
なんと、彼らは、管直人を告発さえしたというのだ。

事故から3年がたとうとしている今、事故の詳細が明らかになりつつある中で、原発は管が何をしようと関係なく爆発したことが明らかになった。
参考『 福島原発で何が起こったか-政府事故調技術解説 』

むしろ、東電が原発を見捨て日本国民を見捨てようとしたのを、菅直人は総理という立場から国を見捨てるなと命令したのである。原発内で作業している人が職場を放棄したら、操作できる人がいなくなるのである。しかしその命令がたぶん原発ムラの恨みを買ったのだろう。彼らは自閉的共同体であり外から命令されるのを一番嫌う。自尊心が傷ついたのだろう。

事故直後から、菅政権への嫌がらせが始まる。議員、省庁、民間企業などが、一致団結して力を合わせて行動しなければならない時に、原発ムラの毒杯を仰いでいる原発族議員、企業、官僚、学者、マスコミ、などが、わざと足を引っ張るようなことを行ったのだ。そんな菅の足を引っ張るようなことをしたら、実際に被害をこうむるのは、被災者を筆頭に国民全員、さらには世界中の人々、いや、地球の生命のすべてなのである。原発ムラ以外の生命が危険にさらされることなんて気にもとめないのも原発ムラの原発ムラたるゆえんである。この恐るべきナルチシズム。薬害エイズの時の厚生省と製薬会社とおなじだexclamation 何も変わっていない。

テレビ、新聞、ラジオ、週刊誌、ネットまでが、菅政権がバカだったから、原発事故が起きた。そしてさらに被災者の救済も復興も遅れているのもすべて菅が悪い、というデマを流し続けた。

素朴で無邪気な国民は、その報道や政治家や役人の言うことを信じてしまった。いや、信じさせられてしまった。

人は嘘をつくときに、何もない空想から嘘をつくとことはできない。あのときに菅に向けられた誹謗中傷は、そのまま東電、原発族議員、原発ムラの村民の罪の意識である。彼らにこそ向けられるべき言葉だった。いわゆる下司の勘ぐりである。

2012年、衆議院選挙で、原発事故から私たちを救おうとした菅政権を裏切って、国民を見殺しにしようとした原発ムラの人々を当選させてしまったのである。

このまま、日本は、原発ムラの毒が全身に回って、原発ムラ共々、死んでいくしかないだろう。
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菅元総理に責任をなすりつける原発ムラ

福島第一原発から放射能が噴出しているのは、人災であって、その責任は当時の総理大臣だった菅直人にある、という説がある。

この説のおおもとは、青山繁晴氏が、テレビやラジオ、講演会、さらには、参院予算委員会で、この説を吹聴しまくったことである。

では、この青山氏の発言は正しいのであろうか。



青山氏は、地震直後では、ほとんど原子炉は壊れていなかったと言ったが、彼はうそを言っている。地震によって配管は壊れていた。津波によって制御不能になり、11日の夜にはメルトダウンをしていたのである。

菅が、福島に行こうが行かまいが、原発は爆発したのである。
菅の発言では、原発は制御不能になりメルトダウンを起こすことをもちろん一番よく知っていた作業員や東電の人々は、原発を放棄して逃げようとしていたのを、いまここで原発を東電の作業員が見捨てたら、最悪の事態となって日本が終わってしまう、原発に残り命を賭して守れ、と私(菅)が命じたということである。

だれが、国を守るために正しい判断と行動をしたか、解るであろう。

この事実だけからも、青山氏や東電や自民党などの原発ムラが、事実ではないことを根拠に、管に責任をなすりつけていることがわかる。

青山繁晴氏は、自民党に飼われている犬である。

http://youtu.be/8MZKxWLruZQ?t=17m16s





http://www.news-postseven.com/archives/20110531_21798.html

参考図書
『 福島原発で何が起こったか-政府事故調技術解説 』
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2014年01月17日

温暖化 再び

どうせ細川が立候補するなら、

「オリンピックは止めだ! その分の資金を脱原発と被災者の救済に当てる。」と言ったら面白いなと思った。


さて、温暖化、アメリカでも、バカな大統領が「グリーンニューディール」とか言っています。


日本でも、あいかわらず、環境庁は仕分けで潰されるどころかいつの間にか省になっていて、温暖化を高らかに唱えています。


世界は変わらないなあと思いました。

このうそだらけの世界。
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2014年01月16日

懐疑論なんて言わないで

環境を守りたい、自然を守りたい、美しい郷土を子孫に残したい、そういう一般市民の素朴で素直な願いを食い物にする輩が許せない。そして原発までも肯定する理由までこじつけられた。 酸性雨と温暖化。

30年前頃から、酸性雨が叫ばれ始めた。しかし、草一本たりとも酸性雨によって枯れたとされる事例は見つかっていない。要するに雨のPHを計ったら弱酸性だったというだけの話だった。人類が化石燃料を燃やすはるか昔からおなじPHだったのだ。だいたい、自然界の液体がちょうど中性だなんてことがあったらそっちの方がおかしい。様々なイオンが溶け込んでいるのだから。中国やインドで大量の窒素酸化物や硫黄酸化物がまき散らされていても、ほとんど変化ないのである。酸性雨対策調査http://www.env.go.jp/air/acidrain/
オゾンホールもそうでした。観測してみたら季節によって穴が開いている時期があるというだけの話でした。これで儲けたのが代替フロンによる買い替え需要、冷蔵庫、エアコン、工業用洗浄剤、まだまだ使えるものが捨てられてしまった。間抜けな話だが代替フロンの方が科学的にオゾンに悪影響を及ぼすという物まであった。

酸性雨さわぎで、硫黄酸化物などの排出量取引が行われた。いまでも日本は多額のお金を海外に支払い続けている。もちろん血税からである。
この酸性雨対策の時に排出量取引でうまみを知った輩が、次に目を付けたのが二酸化炭素である。と私は思っている。というか、けっこう確信している。なぜなら、CO2が地球を温めるなんて、高校生程度の物理でそれが嘘だとわかるのに、何とがごまかしてCO2温暖化論をでっち上げて世界規模で大騒ぎにしようとしたのには、それなりの理由があり、それは金である。そして原発推進にも使えるとわかると、イギリスのさっちゃーがCRUを傀儡にする。
京都議定書なんて、排出量取引で日本をターゲットにするというのが見え見えではないか。
わざわざ日本で開催する狡猾さ。
http://akumanosasayaki.blog.shinobi.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%882
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2014年01月14日

五輪、TPP 開国 バカも休み休み言いなさい

安易に、「開国」という言葉が使われていることに驚いた。

TPPは、アジア各国との取り決めなら良いが、なぜアメリカまで入ってくる。
2020東京五輪も、原発の溶けた核燃料を取り出すことさえできていない、どんな状態なのかさえ解っていない状態で、収束宣言という嘘と、仮設住宅に住む被災者を置き去りにして、この国はどうかしている。

アメリカの植民地の状態で、さらに不平等を強めるような政策、その発端になったぺーりーによる開国を、あたかも良いことのように述べているこの記事。

これを読んで、日本人は、なにも感じないのだろうか。

日経ビジネス編集長 山川 龍雄
2014年1月14日メード・イン・ジャパンからメード・ウィズ・ジャパンへ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/nb100/20140110/258074/

 今号では、本誌の単独インタビューに応じた安倍晋三首相も、TPP(環太平洋経済連携協定)や2020年の東京五輪を踏まえ、「オープンな国造り」の重要性を強く訴えています。2014年は国も企業も本気で「開国」する年であってほしい。それが新春に込めた我々の思いです。

posted by ta meta ta at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする