2012年05月28日

仏教の思想における輪廻について

以前、中尾公哉氏より、輪廻についてご質問を頂きました。

その記事「輪廻と仏教」
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/9536607.html


そのご質問にお答えします。

まず、私の個人の思い込みよりも、一般論を述べます。

方便としてでなく、学問レベルで「仏教は輪廻を説く」と解釈する学者は、津田真一先生がいます。
仏教は輪廻を説いたか説かなかったか、学会レベルでも決着は付いていません。
文献学や、演繹方法では、限界があるのです。

輪廻を肯定するか否定するかは、その輪廻の主体となる「霊魂」のようなものを認めるか認めないかという問題であり、無我、空、縁起をどう解釈するかという問題に直結します。

『スッタ・ニパータ』ですが、成立史から釈尊の金言が含まれている可能性があると憶測できるというレベルの話で、そのお経のすべてが釈尊の教説であるという考えは無理があります。

宇井白寿、木村泰賢、和辻哲郎、あたりから読み始め、水野弘元、中村元、平川彰、そして、

袴谷憲昭、松本史朗、津田真一、そして山口瑞鳳と読み進められるとよいと思います。

私は、まったく山口瑞鳳先生の説を信じております。
『評説 インド仏教哲学史』を読んで、私は完結したと安心しております。
この本は、お勧めです。
この本を読んで正確に理解できるようでしたら、他の仏教書なんて読まなくてよいでしょう。

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2012年05月26日

母を思う日の、わが心、素直なり

種田山頭火の詩であろうか。尾崎放哉であろうか。

母の位牌をずっと抱き続けていた山頭火のような気もする。


母の実家は、今は廃墟になっている。

私が25歳のころに祖母が無くなり、無人となった。
それまでの25年間の思い出は、私の原風景。

その古い家の壁に、この詩が掲げてあった。

「母を想う日の、わが心、素直なり」

私の母は、いまだに娘のようで、母親らしくなく、自由勝手に生きている。
母のことを想うと、素直になれないのですが、祖母のことを想うと、とても素直になれる。

お天道様が見ているから、悪いことをしてはいけない。ご先祖様に手を合わせて。
人というものはなあ、、、、。
と、いつも説いて聞かせてくれた。
仏壇の前に行き、お線香を立てて、手を合わせると、きちんと生きなければいけないと心の底から思えた。

「百年の家」という絵本を読んだ。
その実在の母の実家を思い出した。

その家の歴史は、その家に住んだ人々の歴史、中心に居たのは母(祖母)で、家を守ることをいつも思っていた。

生前に、孫でもひ孫でも、誰でもいいからこの家を嗣いでほしいと言っていた。

いとこの誰かがそのうちに住むと思うけれど。
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2012年05月24日

仕事場の信頼関係と義理と人情

おととしの9月から、知人の勤める会社を手伝っていた。
1年と8ヶ月、その会社を手伝ったことになる。

早朝から深夜まで、休み無く働いた。
給料は安かった。もともと、お金が目的ではなかった。
暇つぶしになればよかったので(こんなことを書くのは非常識ではあるが)収入に関しては不満は無かった。

そう、暇つぶしに始めた手伝いではあったが、結構楽しかったので、今になって辞めてしまうと寂しさを感じる。

何が寂しいのだろう。
二年近く働いたが、「仲間」と呼べるような人ができなかった。
もともと私自身が、人を寄せ付けないところがあるのだけれど、
社員が信頼関係を築けるような人たちではなかった。

世俗の集団などと言うのは、そんなものなのだろうか。
生活のために職場を探す、
お金のために働く、
金の切れ目が、縁の切れ目?

私が今まで経験したことの無い、不思議な集団でした。

世間の中小企業ってそんなものなのでしょうか。


2012/05/24 追記
単に、価値観の合う人がいなかっただけだとも思う。
話の合う人がいなかった。
親友と呼べる人が、どこにでも、いつでも居るわけではない。
人は仲間を必要とする社会的動物なのに、人口が増えすぎて無関心を装っている様になった。
今、世界にはびこる疎外感は、人が増えすぎたことに原因があるのだろう。
卑近な表現をしたら、みんな寂しいのに強がっているだけ。そして刹那的な快楽で気を紛らわせているだけ。
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2012年05月16日

埼玉県立こども自然動物公園

何年ぶりの休暇だろう。

連休中に、忙しい姉夫婦に代わって、甥っ子姪っ子を連れて、この子供自然動物公園に来るつもりだったけれど、混雑しすぎだろという話になって、結局こなかった。

今日は、雨の平日。幼稚園の遠足の集団が帰ったあとは、ひっそりとしている。

自分自身、忙しすぎた仕事にきりが付いて、やっと自分の時間が持てるようになったものの、体も心もすぐには切り替えられずに、落ち着かない日々を過ごしていた。

やっと、リフレッシュできた。

panda1.JPG
自然の中でくつろいでいる姿は、とてもよいですね。レッサーパンダです。かわいい。猫


rakuda1.JPG
らくだ。
ラクダは、胃はいくつあるのだろうか。ずっともぐもぐしていた。
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ジムニーワイド 備忘録

19万6千キロを走って、かなり修理をした。

フロントブレーキの利きがおかしかったので、オーバーホールをした。
同時にブレーキパッドも交換。しっかり利くようになった。

エンジンのオイルの減りは、3千キロ走行で1リットルぐらいなので、まあ、足しつつ走っていたらよいことにする。
ただ、マフラーの上にぽたぽた落ちるようだと、車両火災になってしまうので、それだけは注意をしていよう。

マフラーの触媒が腐って、ガラガラ、カラカラ、音がしていたので、中古部品で交換。静かになった。

そしてそして、エンジン音が、異常にうるさくなった。
調べると、なんと、クランクシャフトに留めてあるねじが一本無いexclamation

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ちょっと写真では解らないけれど、クランクシャフトとこの部品を留めているボルトが先の一センチぐらいを残して、折れて抜けていた。がく〜(落胆した顔)

緩むとか、抜けるとかは、聞いたことがあるが、先が折れて抜け落ちていたなんて、そうめったには無いだろう。たらーっ(汗)

幸いに、2センチぐらいねじ山がしまる設計になっていて、そのうちの1センチぐらいが折れて中に入ったままになっているので、残りの一センチで締め付けて、それでよしとする。
新しいねじの先を1センチほど切断して取り付け。ねじロック剤をたっぷり塗って。
jimuni1.JPG

ちょっと心配は残るけれど、折れたねじの先を取り出すのは大変だから、これの方法でよいとする。
定期点検の時には、このねじも注意をするようにしたら良い。


エンジン音は、とても静かになりました。
posted by ta meta ta at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | suzuki ジムニーワイド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする