2011年09月17日

大人にしてあげた小さなお話 岸田今日子

『大人にしてあげた小さなお話』 岸田今日子著 大和書房 


私も、「小さな女の子」が好きです。

私はリンゴの花の匂いを知りませんが、本から甘酸っぱい香りがしまが、これがリンゴの花の匂いなのだと勝手に思っています。そんな粋な計らいをするひと。


まあ、「ミッシェル」です、これは、数十年前に読んだ時から覚えているお話です。
妻を岸田今日子さんが演じて、舞台でやってほしかった。いや、その光景が目前に浮かびます。

その、微妙な心理を文章で表現できる岸田今日子さんの筆の力もすごいです。
「文学」って、これなんですね。
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2011年09月05日

岸田今日子 サイン本

P1120564.JPG

古本屋さんで数百円で買った古本。

偶然、お貸しした人が発見した。

アマゾンで調べると、サイン本は、5000円以上する。

そうとは知らずに、ラフに扱っていて、すでに購入時より痛んでいる。

私の宝物にはなるが、本棚にしまっておくことはしない。

読まれて、日に焼けて、黄ばんで、染みがついて、その染みは、紅茶だったり涙だったり、クッキーのカスが挟まっているのもよい。油がにじんで独特の染みをつけるのもよい。
座敷犬が、かじってしまうのは、、、、しかたがない、、、(>_<)

サイン本だからと言って、特別扱いしないのが良い。
良いものほど、使い込みたい。


バッハの無伴奏チェロソナタが、カザルスの出現を150年も待ち続けたように、
この岸田今日子さんのサイン本は、本の意志で私のところに舞い込んできたのだと思いたい。

物のほうが、求める人のところに行くというか、
物のほうが、ふさわしい持ち主のところへ行こうとする意志があるような。
物が主を(あるじ)を選ぶような。

物のほうが、自分の価値を知っている人を求めて時空を超えるのだと思う。
少なくとも、岸田今日子さんのサイン本を偶然手にした私は、価値のわかる人たちの一人であると思いたい。


この本は、どういういきさつで、古本屋さんに渡ったのだろうか。

きっと、私の前の持ち主は、岸田今日子さんの作品が好きで、でも、うちの姉のように面白い本だからと言って弟に読んで聞かせることもなく、友達に面白さを語ることもなく、就寝前のひと時に、ベットの中でひとりニヤニヤしながら楽しんでいたのだろう。たしかに、岸田今日子さんの作品は、誰にも秘密で一人でほくそえみながら楽しみたくなるような本なのだ。
 そしてその持ち主は、亡くなってしまったのかもしれない。読書家だった主の本を、その価値を知らない家族(たいがいそうである)が、捨てるよりは古本屋に引き取りに来てもらったほうが処分が楽だという手間としては最低限度で、しかも本にとっては最良な選択をしたのだろう。

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