2010年03月30日

隠蔽体質の国家

時効になってしまった国松長官銃撃事件と、高知県白バイ事件とは、問題が共通している。

国松長官狙撃事件についての私の意見を説明すると、

K巡査長を犯人であったと認めると、

オウムサリン事件の捜査に、オウムの信者であり巡査長であった人物がかかわっていたことになる。
オウムの中に内通者がいただろうことは誰でも想像できるが、事件の前後と事件の捜査中に巡査長がオウム信者でありつつ関わっていたということは、警察は認めたくないことだろう。マスコミが騒ぎ出し、一般市民が騒ぎ出したらめんどくさいことになる。
 もちろん、警察官にも信教の自由はある、何を信じていたって良いのだ。神様だろうが仏様だろうが、悪魔だろうが何だろうが。ただ、人を殺してしまったら、法律によって裁かれるということだけだ。何を信じるかで人を裁くことはできない、してはいけない。
 しかし、日本の普通の人々は、信教の自由の意味を正確に知らないから、警察は何をしているのかとか所轄官庁の責任とか騒ぎ出すだろう。責任追及とか言い出されたらかなわない。だいたい、宗教法人は認可制なのだ。悪いことをする宗教団体がいたら、法律で裁くことになっているのだ。
 また、そのK巡査長をもし仮に裁判にかけても、洗脳されていて心身衰弱だったということで、無罪になる可能性もあった。そしたら、無罪になったらなったで、こんどは、そんな洗脳されて心身衰弱の人間が巡査長でサリン事件の捜査に加わっていたのかとか、職務についていたのかとかいうことで、警察の管理責任が問われることになって、これはこれで大騒ぎになるだろう。
 そしてそして、上層部に責任追及の影響が出そうなときは、うやむやにして握りつぶすexclamation
 警察官の中には、真剣にK巡査長の有罪になるような証拠を集めていた人もいたが、すべて無いことにされてしまったらしい(苫米地、談)。そしてK巡査長をシロにしたい人達が勝った。ということだ。


これは、高知白バイ事故と同じ。高知の場合は、
警察庁から、高速追尾走行の練習をするように通達が出ていて、それをなんと、高知県警は公道で行っていて、一般人の目撃証言もあった。その最中、練習中の白バイがスクールバスに猛スピードで激突してしまった。ということは、警察庁、県警、そして高速走行を命令した上司、すべてに責任が及ぶ。
 事故直後、なんと、県警は、どういうふうに処理をしたら良いか、警察庁にお伺いを立てているのだ。
 うやむやにして、事実をもみ消す、証拠を捏造して、無実の一般市民を牢屋に入れて、自分たちは、責任のがれができた。


上司や官僚が、保身のために、事実を曲げて、真実を隠蔽する。
本来罰を受けるべき犯罪者や、責任を取るべき人が、のうのうと暮らし、無実の市民が牢屋に入れられる。


これが今の警察であり、検察であり、公安であり、裁判であり、そして日本の正義なのである。

書いていて虚しくなってきた。
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2010年03月29日

上杉隆、吠える

特に上杉隆氏を「おっかけ」ているわけではないのですが、記者会見オープン化について書いてきましたので、続報。

週刊朝日 談  動画が見られます。
http://www.wa-dan.com/

「上杉隆「記者クラブ崩壊闘争11年」
2010年4月9日増大号

質問しなかった理由は、一番初めにあてられたから、フリーを代表してお礼を述べるだけにした。
また、本来、記者会見を開けと要請するのはジャーナリストがやるべきことで、国会議員に文句を言うことでもないし。二番目以降にあてられていたら、質問をしただろうということでした。

インタビューの話し方を聞いているだけで、頭が良いのが伝わってきます。がんばってください、上杉隆さん、期待しております。
posted by ta meta ta at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

K巡査長についての岩上安見氏の記事

岩上安見
http://www.iwakamiyasumi.com/

過去記事
http://www.iwakamiyasumi.com/oldtext

K巡査長『捨てた拳銃』警視庁は隠しているのか」〜
國松長官銃撃告白PART2
http://www.iwakamiyasumi.com/oldtext/society/item_288.html

K元警視庁巡査長 40時間カウンセリングビデオ公開(週刊文春 1997年2月27日号)
http://www.iwakamiyasumi.com/oldtext/society/item_287.html

今夜NHKのBSで、クローズアップ現代の再放送があるから観るよ。
どんな報道をしたのでしょう。

受信料払いたくなくなる。

世田谷一家殺害事件だって、捜査のずさんさが指摘されているのに。
http://www.wa-dan.com/backstage/post.php
週刊朝日 談

追記
観ました、クローズアップ現代、
国谷裕子
記者 松岡烈

証拠が無い
事件に不慣れな公安がが担当
はじめからオウムに絞りすぎた、予断を持ってしまった
初動捜査が間違っていた
縦割りの組織
K巡査長の供述に振り回されてしまった
井上幸彦辞任

ということの繰り返しだった。
K巡査長は 「 シロ 」 だったということを世間に駄目押しをするために捏造された番組だったと、私はみた。
他の大手メディアも、これでもかというぐらい記事を書いている。

クローズアップ現代って、時々興味深いことを取り上げるので観るのですが、収穫が無いことが多いです。
受信料を、それでも払わなければいけないですか?
posted by ta meta ta at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国松元警察庁長官銃撃、茶番だ

3月19日に書いた記事を再掲載します。

今日の読売新聞朝刊も、NHKの報道も、ウソばかりだ。

こんなことを、警察も、検察も、報道も、やっていて。

時効まであと、2時間30分だ。

以前の記事
2010年3月18日の読売新聞、朝刊には、もっと大きく載っていました。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100318-OYT1T00065.htm

「 国松元警察庁長官銃撃、未解決で捜査を終結 」って、おかしな記事だ。

「博士も知らないニッポンの裏」で苫米地氏が出演されて語っているのを見てほしいのではあるが、
『CIA洗脳実験室 改訂版』でも言及されている。

苫米地英人氏も、公安に抹殺されずに済んでよかったですね。

河上和雄氏も認めていたのに、日テレで報道したのに、読売新聞はこういう報道をしてしまう。

国松元警察庁長官銃撃、未解決で捜査を終結

1995年3月20日の地下鉄サリン事件から間もなく15年。

 その10日後に発生した国松孝次・元警察庁長官銃撃事件の公訴時効が迫る中、捜査を担当する警視庁公安部は、銃撃に関与しているとみていたオウム真理教の元信者で同庁元巡査長の男性(44)について、殺人未遂容疑に問うだけの証拠や供述が得られないとして、同容疑での立件を断念する方針を固めた。

 30日の時効成立後、東京地検に「容疑者不詳」とする書類を送り、未解決のまま捜査を終結する。

 元巡査長は2004年7月、2人の元教団幹部とともに銃撃に関与したとして同容疑で公安部に逮捕されたが、東京地検は「証拠から実行犯を特定するのは困難」として3人全員を処分保留で釈放した(同年9月に嫌疑不十分で不起訴)。

 警視庁はこの際、伊藤茂男・公安部長(当時)が「オウム真理教信者の組織的犯行に間違いない」とする異例の見解を公表。その後の鑑定で、現場近くにあった韓国硬貨に付いていた皮脂が別の元信者のミトコンドリアDNAと一致し、昨年春には、元巡査長のかばん、メガネ、マスクから、銃撃時の弾丸の火薬と同じバリウム、アンチモン、鉛の成分も検出された。

 このため公安部は、元巡査長が04年7月の逮捕段階で「自分が撃った」と供述した点も重視し、「元巡査長が実行犯」と見て、昨年10月から十数回、任意で元巡査長から事情聴取した。しかし元巡査長は「現場近くには行ったが、車の中にいた」と銃撃への関与を強く否定。火薬の成分などの鑑定結果も銃撃を直接裏付ける証拠ではなく、東京地検も、公判の維持は困難と指摘したことから立件断念との結論を出した。

(2010年3月18日03時16分 読売新聞)

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マナティー

マナティーは、淡水で、海水でも見られる。ジュゴンは海水のみ。
マナティーもジュゴンも絶滅しそう。

ステラーカイギュウは、1741年に人に発見されてしまって27年後には絶滅させられてしまった。体重5トンを超える大きなジュゴンみたいなやつだった。仲間が人間の槍に刺さっていると助けるように集まってきて、それでも無防備で武器なんて無いから、いいように人間に殺されてしまったらしい。なんとも悲しい話である。

上の三種類の動物は、海牛類とはいえ、牛ではなく実は、ゾウが親戚。

共通の先祖が地上にいて、川の中に入っていったのがマナティーやジュゴンになって、地上に残ったのがゾウになった。およそ6000万年前

同じように、クジラのご先祖さんは、カバと共通で、クジラとカバは親戚。
http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_research/phylo/cetartiodactyla.html
カバって、川の底を長い時間歩いていたりするのですよ。潜水名人のカバだから、なんとなく、クジラと親戚なんだと思える。鯨偶蹄目。

たくさんの動物が既に人間によって絶滅させられていることを思うと、捕鯨に反対する人々の気持ちもわかる気がする。クジラも絶滅してから、ああ、やっぱり絶滅しちゃった、では取り返しがつかない。それともクジラはゴキブリと同じぐらい、いるかも知れない。

マナティーかわいい。




熱川バナナワニ園に行こうひらめき
http://www.i-younet.ne.jp/~wanien/index1.htm
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2010年03月26日

上杉隆、がんばれ

日本史上初の、記者クラブ以外のジャーナリストも入ることができた「総理記者会見」を見た。

ニコニコ動画でも生放送していた。
ビデオニュースドットコムでも中継した。
http://www.videonews.com/press-club/0804/001395.php

NHKでも中継していました。

鳩山首相は、2日前に予算が通ったばかりで、実際には、それが実施されて、効果がでてくるまでもう少し時間がかかるだろうし、国民もそれを期待しているだろうという話だったと思う。私もそう思う。

 しかし、同じ記者会見の報告で、毎日新聞は、

 「 鳩山首相:内閣支持率の下落傾向に強い危機感 記者会見で 」
http://mainichi.jp/select/today/news/20100327k0000m010076000c.html

 と報道している。私の印象とはまったく違う報道だ。
 支持率が下がったという指摘をされたら、そりゃ、謙虚に受け止めておりますというのが当然。続けて総理は、予算が通過したばかりだから、この予算で今後日本が良くなっていくのを見守ってほしい、結果が出るのはこれからだから、と言っていたはず。

くだらない世間の噂と同じで、報道も、変幻自在なのだと思った。常識?

世論を強引に、意図した方向に持っていこうとする記事に、苛立ちを感じた。
あの会見で、鳩山が強い危機感を表明していただろうか。暇な人は、ビデオニュースドットコムのリンクら、再放送でも見てみて。

せっかくフリーのジャーナリストも入れたのに、上杉隆は、情けない。
質問してほしかった。
しかも、鋭くて、核心を突いた質問をしてほしかった。
飼いならされた記者クラブの人達ができないような質問を。
これでは、せっかく開放されたのに意味が無いではないか。
ジャーナリストの能力が真に問われることになった。
フリーは入れてもらえないから、、なんて言い訳はできなくなったのだから。
 まあ、本来、代議士が国会で質疑を活発に行っていたらそれで良いことで、ジャーナリストに期待することでもないのですが。

映画
その毎日新聞のコピー
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捕鯨反対?

私は、捕鯨反対とか、イルカがかわいそうとか、「マイ箸」とか、くだらないと思っていた。よく知りもしないで。

ちょこっと、捕鯨を反対している人のサイトを見た。


佐藤潤一氏のサイト
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/t2/sato/
ヤフーの記事
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20100323-02-0901.html

クジラが絶滅しそうなのか、たくさんいるのか、私は知らない。
しかし、なぜ、日本は捕鯨を止めないのかが疑問だった。
だって、国内の伝統産業や伝統文化は衰退の一途をたどっているのに、なにも保護しないで、世界から批判されている捕鯨だけ頑固にやり続けているのだもの。

その答えは、農水省の天下り法人と、既得権益だということを知って、それが本当なら、捕鯨は絶対反対だと思った。ちっ(怒った顔)
この図が本当ならねえ。
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/t2/whalecircle_html
PDFファイル
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/t2/doc/whalecircle.pdf

クジラが絶滅してしまうかより、税金が無駄に使われていることに腹が立つ。
そんな自分がいる。

かわいいそれと、私は特定の団体を批判するとか、ヨイショするとかいうつもりはないのですよ。
あしからず。


ヤフーの記事のコピー
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無我とアートマン

無我という話しをすると、目の前にいま、こうして話しをしてくれているあなたは存在している、という揶揄を言われる。

いや、その、アートマンはいなくても、五蘊仮和合といって、人は人らしい活動をできるのですよ。と説明する。

この説明で納得できるような人なら、はじめから先のような揶揄は言わないので、さらに説明をする、

雷が落ちる、人は、雷神が雷を落としたと信じている、でも私は、雷神さまはいないよ、という。

雷神様がいなくて、なぜ、雷が落ちたんだ、雷

信じる人に、それは無いと説明しても、理解してもらえないことが多い、「存在」「実在」「時間」「空間」「物質」「霊魂」「輪廻」「自我」「生命」なども、人が考えているように有るのではないということを説明するのは難しい。
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2010年03月25日

仏教と進化論

前々回の 「ウィルス進化論」といい、前回の「自己組織化」といい、ダーウィンの進化論によって神を否定されてしまった人々が、新たな神さがしを始めているかのようだ。宇宙に向かって大きな望遠鏡を設置している例もある、ほほえましくさえ思える。空に向かってアルコールを吹きかけて殺菌してみても、神は見えませんでした。

ふと思う、進化論って、仏教的だな。仏教といっても輪廻とかではなくて、シャーンタラクシタ寂護の縁起思想とかの仏教哲学が、進化論と同じだと思った。(輪廻はヒンドゥーです)

釈尊は、すべての生命の幸せを願っていた。

これだけを考えてみても、他の宗教とまったく違うことが解る。
人間を「特別視」してはいないのだ。
すべては、無常、空、無我、非相、だと説く。
だからこそ、ありのままのすべての現象が大切だと思えるのでしょう。無常だからこそ、いとしい。すべての生き物を好きになって、植物が美しいと思えて、地球がいとしいと思えて、生きていることが楽しいと感じられるのでしょう。

そして、もっと大切なことは、それ以外の迷信を認めないことだ。
リチャード・ドーキンスが、進化論を認めたくない人々による異論をどんどん退けていく姿と重なる。
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自己組織化

最近、進化論づいている私は、

『 自己組織化と進化の論理 』スチュアート・カウフマン著 日本経済新聞社 1999年9月
 米沢富美子監訳

を読んだ。図書館で借りてきた。

どうやら、人間が偶然生じただけの存在であることが気に入らないらしい。

神の計らいとしての「自己組織化」を主張している。
ダーウィンの進化論を認めつつも、神を信じていたい人にはお薦めの本だ。


 たとえは、ユングの 「共時性」 Synchronicity は、あまり言いすぎると、何でもかんでも共時性だと言えてしまう事である。ただの偶然も、何も関係ないことでも、なんでも関係あるとみることもできてしまう。
 同じように、進化における「自己組織化」も、淘汰によってのみ進化したものに対して、自己組織化が読み取れると、いくらでも言えてしまう事でもある。

それにしても人は、何も関係ない事柄でも、何か不思議な力がはたらいて、必然的にそうなったと思い込みがちだ。吉凶、星占いや、厄除け、加持祈祷、お守り、手相や、人相占い、姓名判断などが、流行っている現状である。
 いくら、迷信深いのと、信仰が篤いのとは違うのだと説明しても、理解できる人は少ない。血液型判断が良い例だ。しかもこれは、学歴や教養や、知能の高低には関係なく信じられていたりする。

話がそれてしまった、自己組織化に話を戻そう。
自己組織化やその背後にある神への信仰を否定して自然淘汰と遺伝子のイレギュラーによって進化したと主張する人は、なにも、生命を軽んじている訳ではないのである。
 むしろ、すべては移り変わり、実在といえる事柄も物質も存在しないと知り、生命や自我意識も実体ではないと知っている者こそ、このはかない生命がいとおしいと思えると思う。ありのままに花や木々が美しいと思えると思う。地球がかけがえの無い大切なものと心から思える。死後に神に救われたり、輪廻転生したりしないからこそ、この現実の世界に於いて、すべての生命が幸せであってほしいと願うのである。むしろ、神や生まれ変わりを信じる宗教が、現実において酷い差別を行っていることに思い巡らすべきである。

私の進化論への思いは、こちら次項有同胞
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2010年03月24日

報道と政治

国民が政治を監視する道具として「報道」がある。

神保哲生氏、上杉隆氏が、ツイッターでいち早く喜びの?声を発しております。
http://twitter.com/tjimbo
http://twitter.com/uesugitakashi

総理大臣の記者会見が、一定の制限はあるものの、記者クラブ以外の人にも解放されたのです。

鳩山内閣総理大臣記者会見への参加について
http://www.kantei.go.jp/jp/notice/20100324/index.html

http://ow.ly/1qdtU

これで報道が変わって、国民に正確な情報が伝わり、国民の意識が変わって、政治家の意識が変わって、政治が変わって、日本が良くなっていくのでしょうか。

改革のほんの一歩、いや半歩に過ぎないかもしれないが、停滞や後退はしていないようだ。この点に関しては。

ツイッターで、いち早くそういう情報を知ることができるのはおもしろい。
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2010年03月22日

同胞

リチャード・ドーキンスの、
『 ブラインド・ウォッチメイカー』を読んだ。
新装版は、『盲目の時計職人』という題に変わっている。

進化論を信じる人にとっては当たり前のことだけれど、全ての生命は、数十億年前の、一つの命から始まったということを思い巡らしている。どのように進化したかは色々説があるようですが、とりあえず進化して、植物や動物や、魚や昆虫になったということは確かだろう。

全ての生き物は、血縁というか、兄弟というか、親戚なのだと思った。

 全ての、今、生きている生物は、すべて同じ時間を生きてきた。数億年間、途絶えることなく、受け継いできた命を生きている。バクテリアも、木も花も、魚も馬も猫も、一つの同じ命から始まって、同じ時間を生きてきた。

 今、人間として生きているか、犬として生きているか、カラスとして生きているか、桜として生きているか、チューリップとして生きているか、カエルとして生きているか、クジラとして生きているか、アザラシとして生きているか、ペンギンとして生きているか、クラゲとして生きているか、オキアミとして生きているか、ミミズとして生きているか、アゲハチョウとして生きているか、カナブンとして生きているか、クモとして生きているか、松として生きているか、新型ウィルスとして生きているか、ミジンコとして生きているか、ゾウリムシとして生きているか、藍藻として生きているか、ゾウとして生きているか、ほうれん草として生きているか、命の現れ方が違うだけで、同じ先祖から生じて、同じ数十億年を生きてきた仲間である。

進化論って、そういうことなんだと思った。
こういうことを、理科の先生が教えてくれたら、私の人生も、違っていたかもしれない。満月
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2010年03月20日

桜の開花と温暖化

花見や、送迎会、などなど、春は宴会が多いです。

この数年、地球温暖化の報道は、やらせであるということを言っても、あまり批判されなく待ってきましたが、まだまだ、信じている人も多いです。

だから、そんな人達と飲むときは、間違っても、「地球寒冷化」なんて言ってはいけない。
温暖化の話しと、白熊の話しと、エベレストの氷が解けて、ツバルが沈む話しを、否定してはいけないな。

 もし、そうかなあ、本当なの?なんていったら最後、全身全霊のフォルテシモで、反論を聞かされる羽目になるだろう。地球の敵だと烙印を押されて、二度と飲み会には誘われなくなるだろう。


先ほど、母親が、「桜の開花が、温暖化のせいで早くなっているんだってねえ、恐ろしいねえ」といったので、「桜の開花と、温暖化と、どう関係があるの?」と言ってしまった。母は、偉い学者がテレビで言うことは全て正しいという世代だ。私の言葉にきょとんとしていたが、私は説明するのがめんどくさいので、話題を変えた。

きっと開花が温暖化の影響で早くなっているという話題も出るだろう。そのときに、決して持論を展開しないようにしなければならないな。かわいい
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審美眼

友達のペインターの話。

画商をやっている人で、たとえば、印象派に興味があった時期があって、数年して、16世紀オランダ絵画に興味が移った場合に、
「 自分は、印象派は極め知り尽くした、そして次に16世紀オランダ絵画に取り組んでいる。」と思い込んでいる人がいる。

実はこれ、極めたのではなくて、ただ飽きて他のものに興味が移っただけのこと。なのに本人は極めたと勘違いしている。結構そういう人って多いらしい。

そういうことって、全てのことに通じるなあと思ったのでありました。

わたしは、ちょっと、メダカの飼育に飽きてきた。
そんなおり、そのペインターの言葉を思い出した。

下手の横好き、器用貧乏、なんでも80点の奴、どうせ素人のやることだから、という言葉が浮かんでくる。

メダカに飽きて、他の動物を飼ってみたいだけなのよ、という自覚があったら、許してもらえるだろうか。

ヒルと、ヒドラと、プラナリアと、サカマキガイと、ミジンコと、淡水カイメンと、バクテリアと、細菌と、酸素と栄養塩と、それらの関係を調べたくなっている。今年のテーマは、これで決まりだな。
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2010年03月19日

書評 『狂った裁判官』

『狂った裁判官』 井上薫著 2007年3月 幻冬舎新書 025

を読んだ。実はかなり前に。

キャッチーな題名に思わず手が出て、そのままレジへ。

著者の経歴が良い、化学を専攻し研究所で働いていた人が一念発起して裁判官になった。

だから書けた本でもある。

 メインは、裁判官は誰にも左右されない立場で裁判に臨まなければならないのに、検事や上司の評価や栄転を気にして裁判の判決にも影響しているという事実。民事訴訟では、仕事を減らすために和解をすすめる。
 などなど、呆れるばかりの実態が述べられておりますが、よく解ったのが、裁判員制度の欠点。裁判員制度について、色々調べましたが、腑に落ちませんでした。
 井上氏は、はっきりと、


  裁判は、法律に則って行われるものだから、法律を知らない人が裁判をするというのは不可能。しかしそれを行う大儀は、プロの裁判官が一緒に(9名中、6人が素人、3人が裁判官)話し合いをするので大丈夫ということだが、それでは、裁判官の独立が保てない。

 と言います。
 恐ろしい、パイロットの資格の無い人が、旅客機を操縦するとか、資格の無い人が原子力発電所の運転をするとか、そんな感じでしょうか。人の命、人生を左右する仕事が、無免許で行われる。教わりながらやれば良いというのも狂っている。

 常識でできるというのも、おかしいですね、常識は、10人いたら、10の常識があります。極刑を望むという世論が盛り上がっている時に、法律に照らし合わせて冷静な刑量を判断するのが裁判の役目でしょう。
 

 「法律を知らない素人が裁判をしてはおかしい」p,175

裁判員制度って、一言で却下ですよねえ。
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警察と報道

2010年3月18日の読売新聞、朝刊には、もっと大きく載っていました。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100318-OYT1T00065.htm

「 国松元警察庁長官銃撃、未解決で捜査を終結 」って、おかしな記事だ。


苫米地英人氏も、公安に抹殺されずに済んでよかったですね。

河上和雄氏も認めていたのに、日テレで報道したのに、読売新聞はこういう報道をしてしまう。

国松元警察庁長官銃撃、未解決で捜査を終結

1995年3月20日の地下鉄サリン事件から間もなく15年。

 その10日後に発生した国松孝次・元警察庁長官銃撃事件の公訴時効が迫る中、捜査を担当する警視庁公安部は、銃撃に関与しているとみていたオウム真理教の元信者で同庁元巡査長の男性(44)について、殺人未遂容疑に問うだけの証拠や供述が得られないとして、同容疑での立件を断念する方針を固めた。

 30日の時効成立後、東京地検に「容疑者不詳」とする書類を送り、未解決のまま捜査を終結する。

 元巡査長は2004年7月、2人の元教団幹部とともに銃撃に関与したとして同容疑で公安部に逮捕されたが、東京地検は「証拠から実行犯を特定するのは困難」として3人全員を処分保留で釈放した(同年9月に嫌疑不十分で不起訴)。

 警視庁はこの際、伊藤茂男・公安部長(当時)が「オウム真理教信者の組織的犯行に間違いない」とする異例の見解を公表。その後の鑑定で、現場近くにあった韓国硬貨に付いていた皮脂が別の元信者のミトコンドリアDNAと一致し、昨年春には、元巡査長のかばん、メガネ、マスクから、銃撃時の弾丸の火薬と同じバリウム、アンチモン、鉛の成分も検出された。

 このため公安部は、元巡査長が04年7月の逮捕段階で「自分が撃った」と供述した点も重視し、「元巡査長が実行犯」と見て、昨年10月から十数回、任意で元巡査長から事情聴取した。しかし元巡査長は「現場近くには行ったが、車の中にいた」と銃撃への関与を強く否定。火薬の成分などの鑑定結果も銃撃を直接裏付ける証拠ではなく、東京地検も、公判の維持は困難と指摘したことから立件断念との結論を出した。

(2010年3月18日03時16分 読売新聞)

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2010年03月17日

ウイルス進化論

私は、生物に対して素人である。
単なる感想を述べたい。

『 新 進化論が変わる 』 講談社ブルーバックス 2008年4月
著者 中原英臣 佐川峻

色々な進化論が説明されていて、入門書にちょうどよいと思って手にしてみた。
読み始めて、18ページ、イギリスのヒツジのソイ種について、
 黒毛のソイは、毛色が淡いものより体格がよく寿命も長い。そこで、よく知られた適者生存や自然淘汰というダーウィン進化論の原則なら、当然、黒毛のヒツジが増えていくはずだ。ところが二〇年間にわたる観察によると、黒毛はむしろ減ってきているのである。
 この謎も、遺伝子の仕組みによることがわかった。イギリス、シェフィールド大学の研究チームの遺伝子解析によると、黒毛をもたらす遺伝子は、必ず「体格をよくする」と「子供が生まれにくい」という二つの遺伝子とセットになっているという。このためダーウィン進化論の原則に矛盾する現象が起きていたのだ。

 先ず私は、この研究結果が、どうしてダーウィンの進化論と矛盾するのかわからない。体格が良いことが有利でないこともあるし、淡い毛色の方が良い場合もあるし、悪い場合もある。寿命が長いことは、繁殖期を過ぎて老いたヒツジがいつまでも長生きしていると、食料が足りなくなり、自分の子を餓死させてしまう可能性もある。繁殖期が終わって、子育てがすんだ固体は、他に用が無ければ、寿命が短い方が世代交代がスムーズに行えるであろう。
 子供の数も、食料がたくさんあれば、たくさん生んで、たくさん育てるということが良いが、食料が少なく、親の保護が必要な動物なら、少しだけ生んで、それを大切に育てるほうが確実だろう。マンボウのように、ライオンが、3億もの卵を産まないのはそういうことだと思っている。
 どこもダーウィンの進化論と矛盾していないではないか。しかも、20年の観察で結論を出そうというのも乱暴だ。だいいち、ダーウィンは、数千万年の淘汰を念頭においているのである。
 今後、数万年後に、このソイが、どのような物を残していくのか、それはソイのみぞ知る。今は観察されたそれらの特徴が理解されたということである。

変な本だと思いつつ読み進めてみると、30ページに、

古モンゴロイドは南方系で、背が高くて手足も長く、体の体積に比べて表面積が広いので体温を奪われやすく、寒さに弱い。一方、新モンゴロイドは北方系で、手足が短く背も低いので熱効率がよく、寒さに強い。

これは、良く聞く話だ。定説かもしれない。しかし、わたしは納得がいかない。

だいたい、背の高さと、寒さをしのぐことはどれほど関係があるのだろうか。
 常識では、小さい方が熱は奪われやすい。大きいほうが、冷めにくいのである。それは、表面積と体積の比がぜんぜん違うからです。これは物理の常識ですね。また、同じ体積でしたら、球に近い方が表面積は小さくなります。背が低い方が表面積が小さくなるので、冷めにくいということなのでしょう。同じ体積ならという前提ですが、体重50キロの身長160センチの人と、体重は50キロで同じで、180センチの人と、どれほど熱効率?が違うと言うのでしょうか。私は、疑問に思っています。背が低いとか、太っているとか、個体差の範囲の話しでしかないのではないかと思っています。卑近な例ですが、北国に住む白人の人達は、背が高いですよね。

なんだかなあ、と思いつつ、キリンの話しだ。216ページ

でました、進化論を議論するとき、必ずでるキリンの首はなぜ長い、です。

私の持論は、「 敵から逃げるときに、足は速い方が良い。馬も牛も、そして捕食者のライオンなども、それぞれに走ることに磨きをかけてきた。キリンも例外ではない。キリンは、速く走るために足を長くする方向で淘汰してきた。キリンは走るとけっこう速いのだ。それに伴って、キリンと言えども水は飲まなければならない。座って水を飲む行儀正しい動物もいるかもしれないが、たいてい立ったまま飲む。キリンも立ったまま飲む。そのためには、首は足の長さと同じぐらい長くなる必要があった。」ただそれだけの理由だと思う。だいたい、キリンが食べる葉っぱは、低いところにもあるし。速く走れることが死活問題なのだ。そのために草食動物も肉食動物も進化してきたのだ。
 だから、ほとんどの動物は足の長さと首の長さはだいたい同じだ。ゾウは、首の変わりに鼻を長くした。それが自然のデザインだ。

で、中原氏の説は、「首が長くなるウィルスに感染したためだ」というのだ。さらには、首を下げたときに血液が首に流れすぎないように調節する「ワンダーネット」という器官があるが、たまたまそのワンダーネットを体内に持っていたキリンのみが、首が長くなるウィルスに感染しても生き延びられたのだという説明だ。
 じゃあ、首が長くなる前のワンダーネットの役目はなんだったのだろう、なぜ、足まで長くなったのであろう。ダーウィンの進化論でなければ説明がつかないと思うのだか。
 もちろん、ウィルス進化論でうまく説明できる場合もあるだろうし、実際に、人間が生きていくうえでもたくさんの菌やウィルスと共生しているから、進化の上で影響しあっていることは十分にありえることだ。


 入門書にはなりませんでした。

「ウィルス進化論」に興味がある人にはお勧めの本です。

私にはついて行けない。犬
posted by ta meta ta at 22:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 進化論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読書『湖を読む』

図書館から借りて読んだ本は、メモを残しておかないと、後で確認したくても見つけ出すのに一苦労。


『 湖を読む 』 岩熊敏夫著 岩波書店 1994年9月(自然景観の読み方 10)

以前に 『湖と池の生物学』 (共立出版2007年6月初版 4200円)
を購入したが、こちらの方が簡単に短くまとめられている。素人向け。解りやすい。とくにユスリカ、アカムシについて詳しい。

 残念なのは、ヒル、サカマキガイ、ヒドラ、ヨコエビ、ミジンコ、カイメンなどの関連があまり詳しくなかったこと。それらについて詳しく知りたいのだけれどなあ。自分で調べてみるか。
posted by ta meta ta at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

トーストガール

まあ、Toast Girl、です。

この旋律、このコード進行、すごい、ただ者ではない、と、おもったら、カヴァーでした。
残念。

振り付けも、歌詞も、おもしろいと思った。
Chanson Populaire


オリジナルは、たぶん、こちら。
The Three Degrees - La Chanson Populaire
posted by ta meta ta at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

藤田幸久氏の弁明

前々回に、藤田幸久氏の、911陰謀論についての、ワシントンポストの記事の信憑性が問題だと書いた。

その続報。

藤田氏 ご本人からの説明です。

The Japan times 、opinion
Sunday, Mar. 14, 2010
READERS IN COUNCIL
An interview that ran off the track

By YUKIHISA FUJITA
Member of the House of CouncilorsTokyo
As a member of the Diet's Upper House and as director general of the Democratic Party of Japan's International Department, I wish to comment on the circumstances of The Washington Post editorial "Poisonous thinking in Japan," which The Japan Times published on this page March 10. [The editorial referred to my ideas about the Sept. 11, 2001, attacks as "bizarre."]

On March 3, Washington Post editorial writer Lee Hockstader visited me for an interview — requested through the Foreign Press Center — on Japan's attitudes toward immigration. The requested interview time of one hour was spent discussing the current situation relating to Japan's response to immigration and my opinions on this issue. Hockstader typed my comments into his laptop computer as he had requested.

After the interview ended and Hockstader closed his laptop, he mentioned that he had noticed from my resume that I had raised the issue of the 9/11 terror attacks in a Diet committee and asked whether I had some doubts about this issue. In response, I explained the circumstances that had led me to become involved in the 9/11 issue and pointed out a number of points that remained unexplained about the events of that day. I assumed that this question was separate from the interview just ended.

Although this was an informal chat regarding 9/11, at no point did I draw the conclusion that 9/11 was a conspiracy. I clearly stated I had never concluded that the collapse of the Twin Towers had been a result of a controlled demolition. Rather, my speech in the Diet had emphasized that it was necessary to investigate the origins of the "war on terror" from the perspective of assisting the relatives of 9/11 victims, and in relation to the war in Afghanistan and the provision of humanitarian assistance.

I have worked for many years to serve as a bridge between Japan and the United States, including by providing assistance to former American POWs held captive by Japan. I currently serve as senior director of the Research Committee on International Affairs and Global Warming Issues in the Upper House, but I was introduced in the editorial as "head of the Research Committee on Foreign Affairs." The editorial also describes me as a "Brahmin in the foreign policy establishment" of Japan when, in fact, I am not involved in policy matters.

I find it regrettable that this kind of biased article should be published in The Washington Post.

The opinions expressed in this letter to the editor are the writer's own and do not necessarily reflect the policies of The Japan Times.

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/rc20100314a2.html


問題のワシントンホストの記事
A leading Japanese politician espouses a 9/11 fantasy
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/03/07/AR2010030702354.html
見られない方はこちら、
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/9254840.html

ワシントンポストの記者の「リーさん」が問題ですねえ。私はワシントンポストを信用していましたが。

問題の社説の取り消しとリーさんが謝罪するとかいうことになるのかな。
 でも、藤田氏は以前に、国会で陰謀論者と受け止められる発言をしているから、あまり強気には出られないだろうなあ。これ以上、騒がないのが良いかもなあ。

藤田氏のブログで説明がされていました。
先にこちらを発見したらよかった。知らなかった。
http://www.election.ne.jp/10870/82214.html

ワシントンポストの社説を鵜呑みにして、藤田氏を批判するような記事を一斉に書いた日本の新聞各紙は、節操がないなあ。りーさんって、何者?
posted by ta meta ta at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする