2010年01月19日

献血をした。10回目だった

午前中だけ仕事でしたので、午後は、暇で、献血をした。

特にする気はなかったのですが、どうしようかなーと入り口の前で立ち止まったら、すかさず、声をかけられ、是非って言うものだから、しました、献血。

数年前に、ひょんなことで献血をしたのがきっかけで、その後、催促のはがきが家に届くたびにしてましたが、最近、献血をする人が減っているのに需要は増える一方だと言うお話しで、それならばと、一ヶ月に一回のペースで3回ほどしております。

そしたら、10回目ですので、景品が出ますと言われた。
青いガラスのお猪口でした。
http://www.jrc.or.jp/vcms_lf/kenketsu_200811110-2

記念品はいらないのですよ、記念品は。
その分、医療になにか使って欲しい。
と思っていますが、もらいました。せっかくだから。

10回目の記念の回らしく、印象深い献血でした。
看護婦さんが慣れていなくて、どたばたでしたが、おもしろかったです。

針をさすところから、何かぎこちない。時間がかかる。手元が不安な感じ。
私の向かいの席も担当らしい。機械の設定をベテランらしい人に教わっている、私の機械の設定は大丈夫だろうか。
最近導入された新しいテルモの機械だ。
向かいの人が席に着いた、何かあわただしい、血液が噴出して、その看護婦さんの顔に着いてしまった。
時代劇で「返り血」を浴びた侍のよう。
ベテランらしい人がすぐに交代して、その看護婦さんは、顔を洗ってました。
 若くてかわいい看護婦さんだなあと思って見てましたが、返り血を浴びた顔は、ちょっと怖かったです。
 ただでさえ慣れていない感じだったのに、その一件後は、ますますそわそわした感じになってしまいました。
 あとは、私は特に問題はなく、射した針も痛くなく、快適に献血が出来ました。血を噴出した向かいの人も、それ以外は普通に献血をしていました。


 終わって、立ち上がろうとしたら、何かが私の左腕を引っ張るではありませんか。あせあせ(飛び散る汗)

腕にまだ献血のときに腕を閉めつけたり緩めたりする空気で膨れるのが着いたままでした。危うく最新のテルモの献血機械を壊してしまうところでした。たらーっ(汗)
http://www.terumo.co.jp/press/2004/013.html

 どんなベテランでも、初めはみんな初心者なのですから、大きな失敗をすることなく、上達してほしいと思いました。
 しゃべるのが上手な人なら、気の利いた言葉を一言かけてあげられるのでしょうけれど、心の中で、がんばってね、と思うだけでした。


 何度も書いてしまいますが、

上達するのと、慣れるのとは違うひらめき

と言うことも肝に銘じたいことです。
長く同じことをやっていると、慣れてくる、
慣れてくると、うまくなったような気がする。
しかし、常に問題意識を持って、常に努力を重ねていないと、慣れはしても、上達はしない。

また、その献血ルームの人達が、そんな新人の看護士さんを、立派な一人前の看護士に育てられる人達であることを願わずにはいられませんでした。喫茶店
posted by ta meta ta at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

豊後水道?

関さば?

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2684270/5192684

AFP
高速道路にサバ14トン散乱=大分 2010年01月18日
posted by ta meta ta at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

坂本有正氏のファーストアルバム

年末年始は、私は家にいなかったのですが、
その間に、家族が、どこからか、買ってきてくれていた。

『 Various Assembly 』

かげながら、ひっそりと、応援させていただいております。

2月27日に、リサイタル?ライブがありますので、行きたいと思います。
詳細はこちら
http://blog.goo.ne.jp/yu-sei1214/e/f529d10062d1dd2ec0b81d73819ac931


CDは、アマゾンなどで買えないのが残念。
タワーレコードもHMVもだめだ。
ヤマハの楽器店で買えますけれど。

ライブには、色紙とフェルトペンを持っていくのを忘れない。るんるん
posted by ta meta ta at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月14日

あけましておめでとうございます

ほぼ一ヶ月ぶりの更新です。

昨年に葬式をした家族から、年賀状が届きました。
ジョークでも、非常識でもありません。

忌明けを、49日で済ませるとすると、たとえば6月に葬儀があれば、9月には、喪は明けるのです。だから、年賀状も普通に出してよい訳です。

しかし、この「喪」という概念というか慣習を知らない人は、まねをしないほうが無難ですね。

古来、喪は1年でしたので(時代や地方によって差はあるが)、年賀状(賀詞交歓)だけは、その風習に従って葬儀のあった年の翌年は喪中だと言って断るのが一般的ですが、賀詞以外は49日の法要で忌明としてしまいますね。場合によっては、葬儀と初七日と忌明法要をセットでなんてこともあります。

また、「あけましておめでとう」という言葉について。昔は、厳しい冬を乗り越えることは、命がけのことであり、家族が全員無事に冬を乗り越えて春を迎えることが出来ることの喜びの挨拶だったと思うのです。だから旧暦で新年の挨拶をやらないと正月の後にもまだまだ寒い日が続いてしまい意味が解らない言葉になってしまうわけです。アジアで新暦でやるのは日本ぐらいなものでしょうか。

総合して考えてみますと、新年の挨拶は、できたら旧暦で行いたい。そして家族や親類に不幸があった場合には、新年の挨拶は控えたい。と言うことになると私は考えます。

では、なぜ、49日で忌明けなのかというと、インドでは、50日目に輪廻転生してしまうので、49日に最大の追善供養をして、出来るだけ良いところに生まれ変わってもらおうとするわけです。50日以降は、もう他の生物か何かに生まれ変わっているだろうから、追善供養をしても意味がないというのがインド古来の宗教観です。一周忌(もしくは3年忌)の習慣は中国3年忌7年忌などは日本の習慣です。盂蘭盆経はこの点から、中国成立であることが解ります。
 またインドでは、死が穢れであるという感覚も少ないように思われます。

仏教徒で、49日の法要が済んだのだから、年賀状を出すと判断したその人は、なんとなく習慣だからと行っている私たちに一石を投じたことにはなりました。
 あるいは、50日が経ったのだから喪が明けたと判断したのかもしれません。

年々、お通夜、葬儀、告別式、年忌法要などが、本来の意味を失い、行っている喪主さえ意味が解らずに行っているという有様で、僧侶や葬儀社に支払う金額だけが膨れ上がるという、滑稽な事態でありますので、今一度、なんとなく行っていた慣習を見直して、継承すべき文化は継承し、変革すべきことは変革して行きたいものです。
 自覚的に行うことが大切だなんて言ったら、やすっぽい「社説」のようだな。文化は無自覚に流動していくものでもあるから。
posted by ta meta ta at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする