2009年11月20日

あの時、バスは止まっていた その2

高知白バイ事故の本、
『 あの時、バスは止まっていた 』 山下洋平著 
ソフトバンククリエイティブ 2009年11月 を読んだ。

 出版されたばかりの著作をネット上で長々と引用するのは気が引けるが、気になった箇所を書き留めておきたい。

再認識したことは、引率の校長先生の証言が、裁判で、

  中学三年生のお別れ遠足の際に悲惨な交通事故を起こしたもので、証人は、校長として、仁淀町や学校の道義的、教育的責任を負担に思う立場にあり、責任回避のため、虚偽の証言をする動機は十分のあった。

 同書p,168

と、検察が論告求刑公判で指摘したということだ。
これに対し、校長先生は、

  責任逃れも何も・・・ 私は自分の見たままを言っただけです。私の証言は、事故の直後に土佐署で言ったことが元になっています。このことが後で事件になるとも全く解らない段階で証言したわけですから、口裏あわせをできるわけがありません  同書同項

 と言っている。

 さらに、バスは止まっていたと言うまさに衝突する白バイを見ていた生徒の調書は、無かったことにされていると言う事実。同書p,170

 こんな裁判があるのだろうか。いや、あったのだ。現に実刑を受けている人がいる。

また、

  検察審査会の権限が強化された。2009年5月21日から、「起訴決議制度」が導入された。審査会が「起訴相当」の決議を出した事件を検察が再び不起訴処分とするか、特別な理由がないのに三ヶ月以内に起訴しなかった場合、審査会が再び審査し、「起訴すべき」という決議が出れば強制的に容疑者が起訴されるようになる。 同書p,215筆者要約

さらに、国賠訴訟を起こしているが、単なる警察と検察とそれらの「過失」ではなく、「謀略事件」として相手を訴えている。同書p,232


そしてこの著書では触れていないが、私が問題だと思うことをいくつか。

アメリカ兵が日本で犯罪を犯した場合、日本に引き渡たせと、そんな報道があるが、今のままでは、こんな警察と検察と裁判では、まともな裁判が行われないから、日本になんか引き渡せるか、と言われても、何も反論が出来ない。

 高知県警は、国益も損なっている。
 高知県警だけではない、日本の全ての警察、検察、裁判所が、国民の全てに対外的な不利益を与えている。
 日本という国は、まともな警察のない、まともな裁判の出来ない国。そして未開の国民。
 いま、私たちが、この事件をそのままにしておいたら、私たちはそんな警察と裁判とを認めたことになる、これで満足しているということになる。


一番無念なのは、亡くなった白バイ隊員だ。命令に従ったのに、その命令をした人達は、責任逃れをしてしまった。仲間が、裁判で嘘の証言までした。
上司や仲間は、自分を殺した罪が一般市民にかぶさったことを手を叩いて喜んだのだ。exclamation

 亡くなった白バイ隊員の無念を晴らさなければならない。
亡くなった白バイ隊員の思いが、見えない力になって、日本中を熱くしているように思う。

バスの運転手を亡くなった白バイ隊員は恨んでいない。むしろあの世で応援していると思う。


もし恨んでいるとしたら、それは、、、、






国賠訴訟は、そのご、裁判所は、門前払いで済まそうとしているらしい。
2009/11/16
高知白バイ衝突死R 収監1年…深まる証拠写真の疑惑
http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7

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2009年11月19日

あの時、バスは止まっていた

副題 「 高知「白バイ衝突死」の闇 」  山下洋平著

出版 ソフトバンククリエイティブ株式会社

ISBN978-4-7973-5389-1

書籍 『あの時、バスは止まっていた』を読んでいる。

この本の帯に、「これは冤罪ではありません。警察組織の犯罪です
とある。

わたしも同感だ。さらに、高知県警だけの問題ではない、全国で起こりうる犯罪だ。埼玉でも、桶川ストーカー事件の怠慢が報道されたことがあったが、それ以降も不祥事は絶えない。

日本全国、どこでも起こりうる犯罪である。
だれもがこの犯罪に巻き込まれる可能性がある。

桜の代紋は、犯罪組織のマークであると知る。

そもそも、高知県警は、警察庁にこの事件の筋書きのお伺いを立てている。
 高速追尾運転の訓練をするように通達が出され、それを公道で行った。

加害者は、バスの運転手でもない。事故死した本人の過失でもない。本当の加害者は、警察庁と県警の幹部だ。事故死してしまった白バイ隊員は、警察庁からの通達と県警の上司との命令に素直に従って、事故死をしてしまった。もちろん、むちゃな命令には従わなくてもよいという規則もあるが、仲間が従っている命令に自分だけ従わないでいることが出来るだろうか。
 真の加害者である警察庁と県警の幹部は、自分たちの罪を認め謝罪するどころか、無実の市民を犯罪者に仕立て上げて、牢屋にぶち込んでしまった。
 その有罪の判決が出たときに、高知県警の幹部と同僚たちは、手を叩いて喜んだ仕草をした。
 警察官である仲間に、法廷で偽証させ、証拠を捏造し、本当の証拠を隠滅し、組織で犯罪を行った。

くりかえしたい、被害者の白バイ隊員は、警察庁と県警幹部からの、めちゃくちゃな命令に拒否することが出来ずに従ってしまい、事故死してしまったのだ。これを幹部は心の中では自覚しているからこそ、証拠隠滅と捏造、裁判での偽証の強要をしたのだ。だれが反省すべきなのか、だれが悪人なのか、だれが犯罪者なのか、解り切ったことだ。

自分の部下が、自分の危険で違法な命令に従って、事故死をしてしまったのだ、それなのに、その罪を無実の市民に押し付けて、その上司は謝罪さえしない。部下のこの白バイ隊員は本当に浮かばれない。こんなバカな話しがあるだろうか。


高知県警だけの話しではない。

フィクションではない。

昔の話でもない。

今 現実に起きている、今まさに犯罪が行われつつあるのだ。

公務員が悪質な犯罪を犯したなら、刑量は一般人の2倍にするというのはどうだろうか。性犯罪、飲酒運転、横領、強盗、など。警察官、教職、などは3倍でも良い。政治家も3倍だな。

白バイ事故の過去の記事
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/8759300.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/8744612.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/8742319.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/8663414.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/8654779.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/7861114.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/7841577.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/7636771.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/7631483.html
http://blogs.dion.ne.jp/kappappa/archives/7617431.html

このままでは、たとえばアメリカ兵が日本で犯罪を犯しても、日本の警察と検察と裁判は信用できないから犯人を渡せないと言われてもしょうがないと思えてくる。もちろんアメリカの警察も実体はどうなのか疑わしいが。

追記瀬戸内海放送のサイトで、新事実が含まれたビデオがアップされておりました。
瀬戸内海放送
http://www.ksb.co.jp/index_pc.asp
の中の、
http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7
ビデオのアイコンをクリックしてね。
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2009年11月18日

加湿器を買った。

いや、正確にはまだ届いていない。
アマゾンで、1万円。

三菱重工 スチームファン蒸発式加湿器 SHE60ED-BR 手(チョキ)


今年のモデルは、1万3千円。SHE60FD
昨年のモデルで、今回買ったのは1万円。SHE60ED
さらにおととしののは、1万円。SHE60DD
さらにさらに、三年前のは、1万6千円だったりする。SHE60CD


機能の違いがあるのかもしれないが、私には解らない。基本性能は変わらない。なので、一番安くて、出来るだけ新しいのを買った。(電源コードの長さが違ったりする。)

こういうことってあるのですねえ。

三菱電機と三菱重工の違いが解らない。
なぜ、飛行機やロケットを作っている重工が、加湿器やエアコン?ああ、コンプレッサーなどを加工するのはお手の物だからかな。
 ちなみに鉛筆の三菱も別会社らしい。常識?ぴかぴか(新しい)



加湿器よもやま話。

おととしに買ったパナソニックFE-KLE03
http://ctlg.panasonic.jp/product/info.do?pg=04&hb=FE-KLE03
これは、めちゃくちゃうるさい。39dB 静音運転にするとまあ耐えられるが、加湿が足りなくなる。フルパワーのときの唸るような騒音はファンの風きり音が気になるというレベルのものではなかった。なので寝室以外の部屋で使うことにした。

音が静かで売り出しているのが、DAINICHIだ
http://www.dainichi-net.co.jp/products/hd/index.htm
通常使用でRX502なら32dB、静音運転ならなんと15dBだ。電気もあまり消費しない。これでも良かったな。HD-5009アマゾンで10800円。
省エネということなら、こっちだったな。

しかし、ガンガン加湿したいと思ったので、三菱重工のSHE60ED-BR にした。環境には省エネタイプの方が良いのだろけれど。電気代も数百円高くなるかもしれないが、勘弁しておくれ、スチームファン蒸発式のこれにした。
 スチーム式とはいえ、蒸発させる部分だけを熱して、無駄を省いているので、まあまあ省エネだ。このところが気に入ってこれにしたのでもある。騒音も27dBということだ。(3デジベル違うと、エネルギーは2倍違うよ。対数的に変化します。)
通常運転なら、ダイニチのよりも5dBも静かということになる。この点も、これを選んだ理由だ。5dBちがうと、体感的に音量が半分になった様に感じるだろう。デジベルとはそういうもの。
 静音ということなら、そして通常運転の静かさなら、三菱重工のこれだな。

 実は、欲しい加湿器があった。あのドーナツ型の、あれさ。
プラスマイナスゼロ±0スチーム式アロマ加湿器XQK-Q030

以前、知人の家で使っていて、濃いい緑色で、「毒キノコだ」と騒いでいた。蒸気を噴出し始めたら、毒キノコが毒を噴出している。あー腐海に呑みこまれる、少し肺に入った。とか、騒いでおもしろがっていたのですが、(ご主人、奥様、ごめんなさい。) 今年はライトグリーンがあるみたいで、毒々しさは同じですが、見方を変えると、さわやかな草原の色、です。ね。スチーム式は電気代がかかると思っていましたが、ハイブリットでも電機はそれなりにかかるわけだし、加湿能力と音の静かさがスチームの方が上なので次に買うときはスチームだと決めていました。しかも、めちゃくちゃ電気を使うわけでもない。毒キノコが欲しかった。どこで買っても2万円。也。



埼玉の冬は、乾燥する。関東は、「からっかぜ」
上州名物ともいう。

加湿器は必需品です。
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2009年11月15日

腕時計を楽しむ

最近の腕時計は、でかすぎる。
直径40mmを超えるものは私には、ちょっと無理だ。

今まで使っていたRoventa henexのクオーツは、31mmだ。厚みも6mmぐらいだ。コチコチ音がうるさくないのが気に入って使い続けている。

これが最近、うっかり水槽に手を突っ込んでしまうだけで、水分が浸入するようになってしまった。そのたびに、分解してはドライヤーで乾かすのは面倒だ。というか、そのうち壊れてしまう。

近所の時計店に行く。
その時計店は、小さい。
地元の人が行くだけ。
数年前のモデルが、ほぼ値引き無しで売られていたりする。しかし、店主が厳選した時計たちは色あせることがない。電池交換に行くと、何十万円もする高価な機械式時計を勧められたりする。セイコーファイヴを買っても、その人の使用条件に合わせて追い込んでくれる。

 「セイコーファイヴでもグランドセイコー並みに調整してやるよ。」

  と店主。
 だから、アマゾンみたいに品揃えはないし、割高だが、本当に良いものを、飽きのこないデザインのものを、万全のアフターサービス無期限つきで購入することができる。
 以前、うっかり落としてしまい、ガラスが割れてしまった時には、無料でガラスを交換してくれた。衣類と一緒に洗濯してしまい、水が入ってしまったときも無料で乾かしてくれる。
こんな時計屋さんが無くなってしまわないで欲しいと願わずにはいられない。

さて、どんな時計にしようか。
ごつい機械式のブレスレット形に憧れる。
グランドセイコー、オメガ、ロレックス。定番といわれる形がある。そこまでしなくとも、
スピリット SCVS003
http://www.seiko-watch.co.jp/p_search/detail/do.php?no=SCVS003
がある。これが欲しいと真剣に考えていた時があった。バイクに乗るとき、ジャケットを着て、これをはめたい。バイク乗りは、皮バンドに変えたりするが、あえてこのまま。かっこいー。これを買おうと、例の時計店に行くと、もうワンランク上のを着けろといわれた。満足感が違うよ、どこでも恥ずかしくない時計にしなさいと。それで購入機会を逸してそのままになっていた。セイコー メカニカルSARA011を勧められた記憶がある。これを冬は皮バンドにするとよいと。この時計店の店主のセンスは良いと思う。こんなことを言っている店主では、客が減ってしまうように思うが、良いものしか売らない、良いものをもってもらえたらメンテナンスも責任を持つという店主の態度は共感できる。客に満足してもらいたいというのが本音で、儲けることは二の次なのだ。だからか、客層が良い。良い店は、客が良いのだ。なかなか店は客を選べないが、最終的には客層が店のランクを決める。

機械式に憧れた時期があったが、結局、腕時計は、
100パーセント見た目なのだ。と気が付いた。
クオーツだろうが、電波時計だろうが、そんなの関係ねえ。(小島よしお風)
自動車でも似たようなことが言えるかと思う。ビートルもミニも、見た目なのだ。性能なんて関係ない。環八をたらたら走っているだけなら、BMWだろうが軽自動車だろうが性能は影響しない。ようは、見た目だ。あのエンブレムのために、数百万余計に払う。


欲しいのが、
スピリット SBYW003だ。
http://www.seiko-watch.co.jp/p_search/detail/do.php?no=SBYW003
文字盤は、白と黒がある。昔の私なら、迷わず黒を買うだろう。人気があるのも黒だろう。しかし、白が欲しい。白の文字盤を茶色の皮バンドで使うのだ。
大きさもちょうどよい。直径38mmだ。厚みも10mm以下だろう。ああ、欲しい。性能も、クオーツ精度で、電池が3年持って、カレンダーも調整不要ときたら、電波時計もソーラー電池も要らない。むしろデザインや大きさに自由度が出てデザイナーの意図した物が作られる。欲しいよー。
 海外にいて日本に電話をする時など、重宝するのだ。針を見つつ自分で計算したら良いことだが、うっかり相手が真夜中の時に電話をかけてしまうことが防げる。デュアルタイム表示は超便利だ。いや、必携かもしれない。
 この価格、このデザイン、この大きさ、この機能、どれをとっても満足だ。(アマゾンで2万円)
 ただ、たいてい日本にいて、日常使う時計を選んでいるので、今回は買わなかった。アマゾンで2万円で買える今、買っておいても良いなあ。
 それと、さりげなくシャツのしたから見えたときのかっこよさが、時計の真のかっこよさであり、そう考えると、ちょっとごちゃごちゃしすぎているかなあと思った。ああ、でも欲しい。家族にナイショで買ってしまおう。そしてみんなが寝静まった深夜、こっそり出してきて眺めてフキフキしよう。

バンドがメタルで、ブレスレットのかたちの物は、動くたびに時計も動いて、手首の方に食い込んだりするのが、私は慣れていないので違和感を感じる。

で、これを買った。


seiko 7N43 0AH0なんだかよくわからない腕時計。
「なんちゃってグランドセイコー」みたい。
日付と曜日が表示されるのは、とても便利だ。
日付と曜日は無くてもよいのだが、あると本当に便利だ。

すかさず革バンドに換える。
これで「無名のなんちゃってグランドセイコー」から、私だけの宝物になる。ぴかぴか(新しい)

このバンドだけで5千円した。セイコーファイヴならひとつ、アルバなら2つ買えてしまう値段だ。
ウォーターレジストは、10BARと書いてあるので、水槽の水換えの時も安心だが、5千円のワニ革バンドがもったいなくて、水の中に手を突っ込まないかもしれないな。

この文字盤の色が良い。この文字盤の色でなかったら、この時計は選ばなかったと思う。




roventa henex31mmのロベンタヘネックスに比べると大きいが、37mmで、ちょうど私の手首に収まる大きさだ。厚みも8mm以下。ノギスがないので正確には解らない。

電池は5年もつということです。買ったときに新品に交換してくれたので、確実に5年はもつ、だろう。(アマゾンなどではこういう配慮はないと思う。)
キャリパーは、7N43。電池式で十分だ。
 ロベンタの方も、本当なら黒のワニ革が似合うのだが、防水仕様のセイコーの牛革バンドを着けている。


収集癖のある私は、河原の石ころを集めていた頃はよかったが、スピーカーユニットになって財政を圧迫し始め、腕時計となると、食費がままならなくなる。腕時計道楽の底なし沼には脚を突っ込まないようにしようと思う。




この文字盤の色が良い写真ではよさが伝わらないのが残念。
古めかしいデザインだが、落ち着きと洗練さがある。
虚飾がないのが良い。新しささえ感じる。
 自動車やオートバイも、立体の物は、写真では良さが伝わらないな。実物はとてもかっこよいのに、写真写りが悪くて人気が出ない物も多いと思う。
とくに最近の自動車は曲面を多用しているので実物を見ないと評価を誤ってしまう。
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2009年11月13日

ことば メモランダム

考えがまとまってから、小論文にまとめようとしていると、なかなかまとまらずに、結局、そのまま忘れて終わりということが多い。


中途半端ながら、書き留めておこう。

大手拓次 『私の象徴詩論』
空海   『声字実相義』

西行 「私が詩を詠むのは、真言を唱えるに等し」

ソシュール アナグラム研究


空海は、本当の意味で詩人であり、ソシュールが言おうとしていたことを、既に言っていた。

大手拓次も、断片的に同様のことを言っている。同じ系譜に西行がいる。

そこからさらに、空海の信仰の対象は、西洋的絶対的他者としての「神」に近い考えを持っていたであろう。だから、今までの学者は、空海を読みきれないでいた。(これらのことを指摘している現代の学者としては、津田真一、松本史朗、山口瑞鳳、がいる。)
 大手拓次がクリスチャンだったのは、富岡製糸工場などに来ていた海外からの技術者の影響だろうということである。(群馬は、内村鑑三、同志社大学、など縁者が多い)

空海は詩作についての書物も著している。他の宗教的な書物よりも、生き生きと書かれている様に思える。本人が楽しんで、のびのびと考えを表現しているようだ。『文鏡秘府論』

最澄と空海の不和も、哲学者と詩人の差ではないかと思う。

ソシュールの解説は、丸山圭三郎の解説が便利だが、文章がおもしろくないので、読みつづけるのに努力と忍耐がいる。『言葉と無意識』講談社現代新書が手ごろだ。

で、何が言いたいか、
 実体視している現実は、実は、そこには無い。そのようには存在しない。時を時として把握した瞬間、時は停滞したある時間として架空の実在となる。人はそれをあたかも実在するかのように思っているにすぎない。では、時とともに遷り行くつかむことのできないこの世界は、純粋な「時」でしかない。ベルクソンや和辻が間違っていることはすでに指摘されている。この世は、存在ではなく時間なのである。
 では、その時間は何?
 ありのままに、ありのままを、そのように認識することができたら、それは悟りであろう。それは、「響き」であると説明できるかもしれない。
「五大に皆響きあり」(空海)

言葉にした瞬間、それは実体的観念と結びついて、真実ではなくなってしまう。言葉による言葉の超越をソシュールは考えていた。言葉になる前の真実、実体視される前の時である真実。それを論証しようとしたのかもしれない。

存在は時である。時は、響きである、波動、リズムである。存在と時との狭間に「言葉」がある。

初めに言葉ありき、これは、人間の分別の目覚めを語ったものではなく、人間の認識の根本であるところの、時間と存在、の分離を言おうとしているのかもしれない。人が存在を存在と認識し、時が流れていると感じているこの世界観を言い当てている。

これを心理学者のD.R.レインが、
「人が言葉を覚えた瞬間から、真実の自己と偽の自己との乖離が生じる。」と言っている。

 言葉をしゃべることは、生物にとってなじみの浅いもの。そして人は、言葉とそれによる実体視に毒されすぎてしまった。
 多くの宗教が、物への執着を捨てよと説くが、これは、物欲が人を不幸にするからではなく、物への執着を捨てることによって、ものの真実が見えてくることを目標としている教えであろう。時間と言葉に対する徹底した洞察が宗教家には求められる。時を物として間違って認識して執着を起こすのではなく、時を時として正しく見る。それが悟りか。時計


参考資料
大手拓次 詩
朝の時
あ あ あ あ あ
ろ ろ ろ  ろろろ  ろ ろ ろ
  め ろ  め ろ
  ろろろろろ  ろろろろ  ろろろ

昼の時
あを あを あを あを あを
いを いを いを
 はむ はむ   はむ はむ

あう あう
 ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ

夜の時
ちろ そろ ちろそろ
そろ そろ そろ
そる そる そる
  ちろちろちろ
され され されされされされされ
びるびるびるびる びる

  『藍色の蟇』 (ガマガエルの「蟇」です)より
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2009年11月06日

近所のもんじゃ焼き屋

もんじゃ焼き屋というほどでもない。

駄菓子屋さんが、店の隅っこの方で、もんじゃ焼きを食べられるようにしているだけ。

値段も、100円、150円、200円。

80円の瓶のコカコーラが売られていたりする。

「昭和」にタイムスリップしたような店。

昔やっていたおじいさんとおばあさんは、もう亡くなっている。娘さんがあとを継いでいるが、娘さんと言ってもご高齢だ。

最近の、「もんじゃ焼きとお好み焼きの中間のようなもんじゃ焼き」は、わたしはもんじゃ焼きと認めない。


客層は、昼間は小中学生、夕方は高校生、日が暮れると近所の大人。缶ビールは持ち込み可だ。

で、何が言いたかったかというと、おばあさんがやっていた頃、時々店が閉まっているので、いつが休みなの?ときいたら、

「私がいないとき、休みだ。」という返事。

このブログも、不定期便で、同じだなあと思い出した次第です。
posted by ta meta ta at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

コンサートの思い出

ピンクレディーさ。小学1年生だったかもしれない。
小学校に上がる前だったかもしれない。

姉は小学生だった。

母と姉と私、三人で県民文化会館みたいなところまで行った。浦和だったかな。

記憶にあるのは、ライトがチカチカして、爆音でうるさかったことだけ。

姉が、友達と、ピンクレディーの踊りを踊っていて、そんなに好きなら、本物を見せてやろうという親心で、たぶんその友達も連れて行く計画だったと思うが、なぜか、私が行った。

初めてのコンサートは、ピンクレディーさ。

ピンクレディーって、すごい名前だ。 桃色淑女exclamation&question    林家パー子exclamation&question

私には、まだ早すぎた。



コンサートで昔、よく行ったのが、音楽コンクールの予選や本選。
 本選では、だれが一位になるか、予想したりする。
 参加者の真剣な演奏がすばらしい。何千何万回と練習したことだろう。この日に全てをぶつけてくる演奏は、プロの演奏とはまた一味違う。
 聴衆の私たちも緊張する。物音を立てないようにいつもより気を使う。それがまた良い緊張感だ。

一位になる演奏は、二位とは全く違う。
一位と二位の差は大きい。二位まではだれでも努力をしたらいけるが、一位と二位の間には、巨大な壁がある。

安いチケットで、そんな凄い演奏を聴ける。
 若さも良い。真剣さや大胆さ、荒削りなのも良かったりする。

日本音楽コンクール
http://oncon.mainichi-classic.jp/

るんるん
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2009年11月02日

ダイナミックレンジについて

CDになって、音は良くなったのか。

ダイナミックレンジについては、私は、レコードの方が良かった。

テープのヒスノイズやレコードのノイズや高域限界など、さまざまな要因があって、ダイナミックレンジは、広くできなかった。
 要するに、小さい音と大きな音の差が、あまりなかった。レコードは、ダイナミックレンジを狭くして製作されていた。

それが幸いして、ある一定の音量で聞いていたら、小さすぎて聞き取れなかったり、突然の大きな音でびっくりしたりすることはなかった。

ラヴェルの「ボレロ」の録音には苦労したわけだ。
それでも、レコードで十分楽しめたのである。

映画のDVDを見ていると、会話は小さすぎて何を言っているかわからない、大きな音量にすると、今度は、銃声や物音がとても大きくて急いで音量を下げることが多い。一つの映画を見終わるまでに、何度音量を上げ下げするだろうか。

鑑賞することが、最大で唯一の目的なのだから、びっくり録音は(優秀録音でびっくりするのではない、は)、いらない。


CDでも、女性ボーカルのCDで、伴奏がやかましくて、ぜんぜんボーカルの声が聞き取れないというのを何枚も持っている。CD製作者の耳はどうなっているの?

今は、電気機器の発達で、低周波から高周波まで、鼓膜を破るような音量を出せるようになった。楽器も同じように低音から高温まで大きな音が出せる。そしてデジタル録音でダイナミックレンジは広くできるようになった。だからこそ、鑑賞にちょうどよいダイナミックレンジ、ミキシング、というものが考え直されなければならない時期に来ているのだろう。

 聴くのは、生身の人間である。生理現象に適した音楽でなければ意味がない。
「音が苦」になってしまう。
posted by ta meta ta at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聞くということ

以前、人々は、聞くということをしなくなった、という話しを伺ったことがある。

自分の意見を言うことばかりで、他人の話を聞かない。

カウンセラーが流行っているのも、聞いてくれる人が不足しているから?

心のゆとりがなくなって、自分の主張ばかりで、自分の欲求充足ばかりで、話を聞ける人がいない。

人と人の会話だけでない、自然の声に耳を傾けることもしなくなってしまった。自然からの音に無関心になって、自然そのものにも無関心になって。

空気が読めないと言う言葉は嫌いだが、全ての感覚が鈍感になっているのではないか。そしてさらに強烈な刺激を求める。

間違った個人主義による、自己主張は、ただのわがままであり、めちゃくちゃな、粗暴な態度である。

自己主張ばかりで、その結果、他人がどんな思いをするかもお構いなしで、我の張り合いの世界となる。
間違った個人主義。
posted by ta meta ta at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音量教育

小鳥のさえずりに耳を傾ける音楽教育を望む。
そんな感性と身体的能力を育てて欲しい。

昨日、ヤマハのエレクトーンのコンサートを鑑賞しに行った。
内容はとてもすばらしいものでした。
しかし、唯一つ、不満なのが、音量である。
一日経つが、まだ耳が痛い。

 小さい頃から爆音に曝されていると、そういう感性が育たないように思った。ヤマハのエレクトーン教室でのレッスンの音量も、子供の発表会での音量も、再考すべきだろう。ヘッドホンステレオの悪影響も危惧される。既に難聴になってしまっているような人がミキサーやレコーディングなんかやっているようでは、悪い循環になってしまう。
 特に、ヤマハは、子供の音楽教育に熱心なのだから、音量についても、もっと考慮してほしい。子供のうちに耳をダメにしてしまったら、音楽教育もへったくりも無い。

 小鳥のさえずり、せせらぎの音、竹が風に揺られて聞こえてくる音、そんな音に耳を傾けるような感性を育てて欲しい、そんな感性こそ、育てるべきだ。


私が下宿していたアパートは、近所が密集していた。毎週日曜日になると、どこからともなく三味線の音が聞こえてきた。下宿の部屋に篭って勉強していることが多かった私は、いつもその三味線の音を楽しみにしていた。
 たぶんこれが、ステレオから流れてくるやかましい音楽だったら、苦情を言いに行っていたかもしれない。
 その三味線は、練習をしているようであった。
 路地裏で子供が遊んでいる声や、子供の縦笛の練習の音、そういう音も心地よく感じた。

坂本龍一が、アンチ武満徹運動のビラを音大でばら撒いていた頃に、武満徹に話しかけられたことがあって、「あなたは良い耳をしている」と武満徹に言われて、うれしくて有頂天になったという話をしていた。この場合の「良い耳」というのは、総合的な音楽的な感性のことだろうけれど、先ずは、「聞く」ということが大切だという認識は間違っていないだろう。
 カメラのシャッター音を音楽に取り入れるのも、そういう日常のかすかな音やリズムに注目できるのも、日頃からそういう音に耳を傾けているからできることであろう。ちなみにカメラのシャッター音を音楽に使ったのは、坂本龍一の「Ballet Mecanique」よりも、デュランデュランの「Girls On Film」の方が先かと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=gudEttJlw3s&feature=player_embedded
http://www.youtube.com/watch?v=DjgM3d6zBQc&feature=player_embedded


たとえば、大音量でなくても、「ずぶとい音」を出すことができる。オジー
http://www.ozzy.com/
いきなり曲が始まります、音量注意。
「 I Don't Want to Stop」

芭蕉の
古池や かわず飛び込む 水の音

夏草や、もとい、

閑けさや 岩に染み入る 蝉の声

こういう感性の教育は、あの爆音では磨かれない。
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タモロコ水槽



実は、都合により、このとても調子のよい120センチ平衡水槽を片付けなければならなくなった。
健康的なタモロコの成長を見ているのは楽しかった。


卵を10個ほど120センチの平衡水槽に入れておいた。
8匹が確認できて、全て大きくなっている。

いままでは、水槽飼育の場合、稚魚は半分以上は死んでしまったのに、8匹全てが健康的に育っている。

ミジンコや生きた餌が8匹に十分行き届いているのがよいのだと思う。水の悪化を気にするよりも、ミジンコや色々な生物がわいた水をどんどん入れよう。

ミジンコがわいているグリーンウオーターを、毎日バケツ半分ぐらい入れていた。そして水槽の排水を、またグリーンウオーターに足しておく。時々砕いた固形の魚の餌を入れていた。
 ミジンコが毎日少しづつ供給されるのが良かったのだろう、グリーンウオーターを入れると、二枚貝が一斉に口を開いて水を取り入れ始める。タモロコも水草に隠れているミジンコを探して泳ぎ回る。

グリーンウオーター用の盥は、半日陽が当たる。
最近は寒くなってきて、グリーン度?が落ちているが、ミジンコはどんどん増えている。
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ヤマハエレクトーン生誕50周年記念コンサート

今年は、日本各地で、50周年記念コンサートが催されております。
11月1日、埼玉県鴻巣市のコンサートを聴いてきました。
ヤマハのサイト
http://electone.jp/50th/concert/hokkai_tohoku_shuto.php
以前にもちょっとこのブログでも触れましたが、ひそかに坂本有正氏を応援しております。

12月にセルフプロデュースCDが発売されます。
 『 Various Assembly 』 というタイトルです。


今日のコンサートは、三人のプロの方が出演されました。坂本有正氏と、あと高田和泉氏、倉沢大樹氏。

坂本氏の独奏でいきなりジャズから始まりました。
目をつむって聞いていると、目の前にたくさんの演奏家が、熱のこもった生演奏をしているような錯覚になります。高級ジャズバーにいるような感じ。

 一人の演奏家が、作曲、アレンジ、各楽器の演奏、の全てを行うことがエレクトーンの魅力だと思いました。作曲家は、作曲したあとに曲がどう演奏されるかは、演奏されてみないと解らないし、どう解釈されるかは、演奏家に委ねられるわけだ。また、オーケストラなら、指揮者が意図した音が出ないと、妥協されて本番を迎えることもある。あのカラヤンは、金管を見切ると一切指示を出さなかったらしい。?
 そういう、曲が作曲されて演奏されるまでのたくさんの工程を一人で行えるのが、エレクトーンの魅力だと思った。
 また最近になって、電子技術の進歩で、オーケストラの代用も可能になったと感じる。まだまだぜんぜん違うと言う人も多いだろうけれど、私は、「エレクトーンの出すオーケストラの音」として十分鑑賞に堪える域に達していると思った。表現しようとしている世界が十分に表現されて見えてくる、そして心をゆだねられる。

三氏のオリジナル曲もすばらしかった。坂本氏の未来への思い、高田氏の人間の情熱、倉沢氏のジャズの世界。

坂本有正氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/yu-sei1214
高田和泉氏のブログ
http://blog.livedoor.jp/izumi_takada/
倉沢大樹氏のサイト
http://www5e.biglobe.ne.jp/~krdaiju/

一回のコンサートで、どれだけの音楽に出会ったのだろうか、ジャズ、管弦楽、テクノ、ロック、邦楽、コミックバンド、フュージョン、ニューエイジ、etc, しかし、目の前にあったのは、エレクトーン一台だけだ(ヤマハのフルコンも坂本氏のピアノ演奏のために準備されていた)。倉沢氏は、ジャズをやりたくてエレクトーンを選んだと言う話しをされた。なるほどと思う、腕のよい、気心の知れたメンバーを揃えて、ジャズバンドを結成して、しかもコンサートまでの間に何度も練習して、話し合って、曲を作っていかなければならないが、エレクトーンなら、すべて一人でできる。しかも本番直前でのさまざまな変更も簡単だ。


ただ、残念に思ったことがある、スピーカーの性能だ。

音量には、映画館もプラネタリウムも辟易している。
大きすぎる。耳をつんざくばかりの大音量。

私は、オーディオと言うものは、小音量で、耳を澄まして、集中して聴くものだと思っている。

また、ヴァイオリンのソロリサイタルでも、小ホールで、音響設備をほとんど使わないコンサートの場合は、小さい音に集中して聴かなければならないような状態になる。それが音楽だと思っている。
 鼓膜は、いちど難聴になると、なかなか回復しないと聞いたことがあり、そう思い込んでいるが、耳を大切にしようと思っている。

しかし、ラーメン屋の味の濃さと同じで、やっているうちにどんどん濃くなってしまう、薄くすることは、かなり勇気がいること。味が濃いというだけで、インパクトになる。音も同じようなことがいえるかと思う。三流の下町のラーメン屋と同じことをしている。

鑑賞にちょうどよい音量と言うものがあるはず。
今日のコンサートも大きすぎた。

そして、スピーカーは、大音量にすればするほど、ひずみも、不要な共振も増える。それらは、音を濁らせる。映画館やコンサートホールでも、エンクロージャに入れたダイナミック型のスピーカーが使われている。昔は、真空管で出力も小さく、低音域が出ないので、大きなホーン型のスピーカーだった。ホーン型にはホーン型の固有のひずみがあるし、ユニットごとの時間あわせが難しいが、エンクロージャのめちゃくちゃな箱鳴りのひずみよりはぜんぜんましだと思った。

あれだけの大音量を出すのだから、スピーカーの箱にしてもホーンにしても、コンクリートで作って、巨大なものにするしかない。してほしい。もしそうなったら、低音が全く違うものになる。するとエレクトーンの評価ももっと違ったものになると思った。
 ヤマハは、昔からよいスピーカを開発してきたのだから、できないはずは無いと思う。
 だから、電気音響設備によるコンサートのための専用設計のホールが欲しい。

川口のリリアホールは、音楽専用のホールだったはず。リサイタルや室内楽が心地よい。結局、多目的ホールは無目的ホールなのだ。

巨大で堅牢な低音用スピーカーを備えた電気音響用コンサートホールが欲しい。

それは、エレクトーンに限らず、映画もカラオケも、演劇も何でも有効利用できる。

ゴトーユニットを20個ぐらいパラにして、10メーターのホーンをつけて。

安っぽい小さな箱に入ったダイナミック型のスピーカに大電力を突っ込んで、ぎゃーぎゃー騒いでいるだけでは、せっかくの演奏が魅力が半減。
 
 小鳥のさえずり、せせらぎの音、竹が風に揺られて聞こえてくる音、そんな音に耳を傾けるような感性で音楽を楽しめないのだろうか。

 小さい頃から爆音に曝されていると、そういう感性が育たないように思った。ヤマハのエレクトーン教室でのレッスンの音量も、子供の発表会での音量も、再考すべきだろう。ヘッドホンステレオの悪影響も危惧される。既に難聴になってしまっているような人がミキサーやレコーディングなんかやっているようでは、悪い循環になってしまう。
 特に、ヤマハは、子供の音楽教育に熱心なのだから、音量についても、もっと考慮してほしい。子供のうちに耳をダメにしてしまったら、音楽教育もへったくりも無い。
posted by ta meta ta at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする