2008年07月31日

おみそ、おまめ、みそっかす

ある幼稚園で、子供のお楽しみ会をするので、増えすぎた「メダカ」を持っていった。
30人ぐらいの子供、一人5匹ずつで150匹ぐらい。マツモとオオカナダモもちぎってあげた。

ペットボトルに入れてうちに持って帰り、ペットボトルを横に切って水槽にする。オスだけとかメスだけとかの家もあっただろう。しかたがない。

たいそう喜んでくれたようだ。親は否定的なうちもある。飼えないとか、めんどくさいとか。
実際、数日後に、全滅してしまったと言う人もいた。またもらいにくる人もいた。

まあ、メダカはうまくいったのだが、気になったことが一つ。

準備のために幼稚園に行った時、
小学生から保育園に通う、3歳から8歳ぐらいまでの子供たちが遊んでいた。保護者と園児と兄弟なのだろう。それが、みんなばらばらで遊んでいる。ひとりで鉄棒とか、ひとりで一輪車とか、ひとりでジャングルジム、一人で砂場、ひとりでメダカを見ている。などなど。
?変だ??なにか変だ?exclamation&question

私が小さい頃は、年齢を超えて遊んでいた。鬼ごっこや缶けり。小さな子は、「味噌っかす」といって、特例処置で、鬼にはならないが一緒に遊んだ。(関東では「味噌っかす」「おみそ」「おまめ」など、ほんの一例である。)
年長者が中心で、知らないことを教えてくれたり、注意をしてくれたり。

大人が仕向けたらよかったのだろう。さあ、みんな集まって、鬼ごっこをしましょう。リーダーは誰にするかな?とかいって。それも不自然か。

年齢を超えて、10人以上の集団で遊ぶことで、社会性は身に付いていくのであろう。
一度失われてしまったものは、取り返すのに時間がかかる。だから「総合学習」なんて学校でやらなければならない。本来、学校以外の時間と場所で培われるべきことだろう。
野球をするのにも、最低15人ぐらい集まって、集団で遊んだ。しかし友達のうちでテレビゲームなら、2人が数人だ。多すぎると全員が遊べない。しかも、無言でモニターを見ている。
また外で暗くなるまで遊んだものだったけれど、今では物騒でできない。

ああ、本当に、インベーダーに侵略されてしまって、社会が崩壊してしまった。


かといって、私たちが十分な環境で育ったわけではない(わたしは30代)。いまの50、60代の方々に指導力が全くない人がいて、会社の上司だったり、学校の上司だったりする。若者がすぐに会社を辞めてしまう場合、今の若者が悪いとだけ言っていられない。上司が全く指導できない。ヒステリックに怒り、漢字が書けない読めない、教養がなく下世話な話しかできない、豊かな経験もない、あってもうまく教えられない。などなど。戦中戦後の教育も、問題だらけだった。すべてが教育のせいではないが。明治維新の時から日本人は進むべき方向を定められないでいる。
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陶芸体験


花瓶いかにも一輪ざしみたいのは、作り飽きたので、こんなんにしてみました。

知り合いの陶芸家の方が、子供たちに陶芸を教えるときに、一緒に混ざって作らさせてもらいました。
(本当は私も指導する立場でしたが。指導しつつね。)
夏休みだねえ。

釉薬は、陶芸の先生が選んでくれました。青とか緑とか鮮やかなのを想像してしていましたが、これもまた渋い。
花を生けたらきっと映えるでしょう。かわいい

廃墟から出てきた錆びた水筒ではありません。
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2008年07月28日

本当のゆとり教育

学校の先生に、「ゆとり」がなければならない。
そしてその「ゆとり」を「授業の準備」に使わなければならない。

授業こそが、子供との大切なコミュニケーションの場なのであり、授業がおろそかで、こともがついてくるわけがない。学校は授業だ、授業が一番楽しいのだ。先生も生徒も児童も学生も。

授業が充実していない先生はダメだ。
むしろ、授業だけしっかりしていたら、あとは何とかなるものだ。

理科の準備にしたって、言葉だけではダメだ。さまざまな教材を使う。それには、多くの準備時間が必要だ。

保護者が、学校教育を壊している。
子供に、先生の悪口を言うことは最悪だ。
子供が先生に叱られてきたら、「お前が悪い、今夜じっくり反省して、明日もう一度先生に謝りなさい。」ぐらいのことを良識のある親は言う。しかし、子供が叱られてくると、学校に文句を言う親がいるらしい。それでは学校でまともな教育ができないのは当然だ。
教育とは、信である。信頼関係のないところで教育は成り立たない。保護者が教育を壊している、壊しておいて文句だけ言っている、そんな状態が見え透いてくる。

もちろん、教職内の腐敗はある。そんなもんは、片っ端から懲戒免職だ。だからといって先生なんて尊敬しなくて良いという理屈では、教育はますます退廃していく。

年長者、学校の先生、仕事を教えてくれる人などは、無条件で敬語を使う対象であり、敬うべき対象であった。そして信頼関係を築けなければならなかった。
それは、7歳までのしつけで教えることであった。学校に上がってから先生の言うことをきけないのは、完全に保護者のしつけの問題である。学校で学べるまでのしつけもできていない、学校の先生の悪口を言う、保護者が学校教育を壊しておいて、そしてすべて学校が悪いと主張する。

たしかに、めちゃくちゃな大人(それは本来「大人」と呼ばない)が増えている。
エーこんな人が学校の先生!!なにーそんなことを宗教家がするの!!議員さんがそんなぁ、、、。ということが多すぎる。
しかし、こんな世の中でも、立派な人はいる、人格者と呼ばれている人はいる。そういう人を親が見つけ、本当に尊敬し信頼できるのなら、子供を会わせるべきだ。そして尊敬するという事、本当の大人とはこういう者だと、こどもに教えよう。立派な人は、他人を敬うものだし。

先生は、授業こそ一番に力を入れて欲しい。
親は子供の前で先生の悪口を言わない。
7歳までの間に、しつけを行う。年上の人、先生、の言うことはきくものだと教えるなど。

posted by ta meta ta at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

白隠 君看雙眼色 不語似無憂

良寛の好んで書いたという、白隠禅師の

「 君看雙眼色 不語似無憂 」である。

ある書道家の作品を拝見させていただく機会に恵まれた。

大小二つの作品があった。

はじめ私は、この小さい方の作品を見て、「恋文」かと思った。

大きい方は、迫ってくる迫力があり、禅師の迫力のようなものが伝わってきた。


私もいつか、恋文を書く機会に恵ぐまれたら、この一句を書いて渡そう。それで察することのできない女性なら、こちらからお断りだ。


どんな書き下しが正しいのか、解らないので原文を参照してみました。
「SAT」(サット)なんて特殊部隊みたいな名前ですが、平和的なお経のデータベースです。
「SAT」大正新脩大蔵経データベース 便利な世の中になりました。

槐安國語 (No. 2574) in 81 巻

0559b09: 千峯雨霽露光冷○君看雙眼色。不語似無愁月
0559b10: 落松根蘿屋前○眼中無見刺。耳裏絶聞塵擬
0559b11: 寫等閑此時意○若識琴中趣。何勞絃上聲一
0559b12: 溪雲鎖水潺潺○莫嫌襟上斑斑色。是妾燈前滴涙
0559b13: 縫

白隠禅師の『槐安國語』のなかに引用されている文。
見方は、大正大蔵経の第81巻の559ページの中段の9行目にあるということです。通し番号が2574番ということです。

「君看雙眼色 不語似無愁月」とありますね。
良寛禅師は、「愁月」を「憂」と言う一文字に置き換えたのでしょうか。それとも、良寛禅師が見ていたテキストには、「憂」とあったのでしょうか。脚注にはなにも注はありませんでした。5文字に統一したのかな。

さて、どんなふうに書き下しましょう。
みなさんなら、どう読まれますか。

(よーくこの目を見てください、黙っているからといって、何も思っていないわけではないのですよ。)という恋文になるかな。ちと無理か
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花火大会と環境破壊

疑問に思います。

花火を燃やすと、大気汚染や、河川、海、土壌、などの汚染にならないのだろうか。

火薬や、花火の色を出す科学物質は、毒ではないのだろうか。

隅田川で2万発と言っていたが、何トンの火薬が燃やされ、何トンの有害物質が、撒き散らされたのであろうか。

私には、何の知識もない。たが、ものすごく疑問に思う。
もう、北海道での環境サミットのことはきれいさっぱり忘れて、バンバン花火を楽しみましょうということで良いのかな。

花火は、環境を悪化させてはいないということなのか、誰か教えて欲しい。

隅田川や、利根川荒川河川敷の花火大会を見ると、江戸前の魚は食べたくなくなる。

魚は、胎児や子供の成長に欠かせないのに、魚に毒が濃縮蓄積されてしまったら、食べたくても食べられない、代わりのものを探すか。

花火の燃えカスは、大丈夫なのだろうか。
CO2は、どれだけ排出されたのだろうか。
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2008年07月23日

ヨシノボリ成長記。メダカも。

世俗批判ばかりしてないで、本来の、のんびりゆったりほんわかな、お魚の観察日記を書きましょう


底土無し底土無し ヨシ小






実験的に、底に赤玉土や砂をひきませんでした。
しかし、たくさん生き残っています。
大きい物は、丸々と太って、この5倍はある感じです。成長の差がかなりあります。大きくなると底にいます。中くらいのは、壁にはりついています。小さいのは、草の中でフワフワ浮いています。
写真の個体は小さい方のです。

自然と「デトリタス」や「微生物の死骸」や、「枯れ草」が溜まり、そこに赤虫が湧いて、餌になっているようです。ヒメタニシも元気そうです。60リッターぐらい水が入っています。カイミジンコらしき物もいます。
フワフワなので、ヨシノボリが隠れることもできます。

ヨシノボリ子080723別の桶。
80日ほどですね。こんなに大きくなりました。もう心配ないです。何でも食べます。環境にもなれていますし。





もう一つは、メダカの卵の孵化用と稚魚の成長用の入れ物に、ヨシノボリの稚魚を入れてみました。
メダカ卵稚魚用100円ショップで購入。6個で630円。ちょうど良い深さと大きさだ。原油高で最近は見かけなくなった。
温度計も105円。メモリに1度足すと正しい。100円だから、そんなもんだ。水換えの温度合わせは、自分の手の感覚でやる。これが一番間違いない。
筆は、メダカの卵を取るときにつかう。
美しいお目当てのメスが卵を抱いていたら、これで強引に取ってしまう。




メダカの入れ物のヨシノボリヨシノボリは、順調に大きくなっています。
しかし、一匹だけです。狭いからかな。明るいし、振動が伝わるし、いろいろ原因は考えられる。





メダカ稚魚 080723メダカは、余裕でたくさん成長してます。シロメダカは、目の上が青くて、体がピンク色のがお気に入りです。
なんとなくおちゃめ。






おまけ
餌くれ!餌くれ!!「餌くれ踊り」をするメダカたち。

この熱い視線を感じると餌をあげずにはいられない。
posted by ta meta ta at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨシノボリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桃をガリガリ食べる


桃西王母も食べた不老長寿の実。
黄泉の国から逃げる時も、こいつをぶつけて武器とする。

うちになりました。




もう少し甘くなったら、丸ごと、皮のついたまま、ガリガリ食べるのが美味しいです。
巷で流通している柔らかいのは、「桃を食べた」気がしません。
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2008年07月20日

無自覚が怖い

メダカの飼育日記から始まったこのブログですが、関連記事として、自然環境、情操教育、に言及するようになり、さらには、環境問題、社会問題にまで広がってしまいました。

政治的なことや、きな臭いことには、辟易しているので、せめてこのブロクは、そんな世俗っぽい下品なことには無縁な、理想と希望と正義の?ブログにしようと思っていました。

が、しかし、、、、。

前回、魚関係から、いかに日本人の脳が魚を必要としているのか、そして日本人は古来たくさん魚を食べてきたし、漁業を守らなかったら、日本人がダメになってしまうということを書きました。
『平然と車内で化粧をする脳』という本を読み返したのですが、さらに、もう一言いいたくなりました。

政治や社会情勢や、現代青年心理に関心のない方は、つまらないかと思いますけれど。

では、本論。

明治維新から、三世代で、世界大戦に突入した。

戦後から、三世代、今、どうなる。

目的意識をなくした若者たちが、簡単にファシズムに熱狂してしまうかもしれない。

新奇刺激を求める「ノベルティー・シーキング」は、500万年前から人にあった性質。

本来は社会関係とか生きるための智慧とかで詰まっているべきところがスカスカだから、別の刺激が欲しくてたまらなくなる。

好奇心を持つことは必要であるが、好奇心によって学び成長するための「脳の未熟さ」が、裏目に出て正しく教育される環境や刺激がないために、目先のスリルや快感を求めるだけになってしまう。好奇心が創造につながるのならよいのだが。

危険なのは、その、目的指向性を利用されてしまうこと。ファシズムやカルト教団に利用されること。
前頭連合野が未熟なヒトほど自我や分別や倫理観などの機能も弱っているので、簡単に引きずり込まれてしまう。

参照 『平然と車内で化粧する脳』 澤口俊之 南伸坊 著 
pp.199-122を要約
参考文献 『父性の復権』 林道義 著 中公新書 p,191

良く言い当てていると思うのです。

本当に、この先、どうなってしまうのだろうと思うと、ぞっとするのです。
そのまんま東が「徴兵制」なんて軽々しく口にしたことがありました。
憲法も消費税を3パーセントから5パーセントに変えるときぐらい簡単に、しらぬまに変えられてしまうかもしれません。

本当に、危機感せまるものがあります。

できることは、「自覚すること」かと思います。自覚することによって、ヌミノーゼから開放されます。あるいは「マナ的魅力」を失います。

私たちは、まともな教育を受けてこなかった、まともな社会性を身に付けていないかもしれない、という自覚の元に、常に欠点を意識しながら生きていくことが大切かと思います。そうすることによって、欠点は欠点ではなくなるでしょう。少なくとも、欠点に対してヒステリックにまさにヌミノーゼ的に反応してしまうことは回避できるでしょう。

このままいくと、日本は危ない、という意識を持ち続けることが、日本を、私たちを、集団無意識の暴流から守ってくれるでしょう。

明治維新も、昭和の戦後も、それまでの価値観を壊し捨てただけで、何も新しい立派な日本人の生き方を発見できたわけではなかった。

さあ、どうする、さあ、どうしたらいい、未来を潰すも創るも、私たちの志ひとつ。
posted by ta meta ta at 22:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月19日

淡水カイメン freshwater sponges


淡水カイメン「淡水カイメン」です。
いちおう、オスとメスで増える動物?です。無性生殖でも増える。藻や水草に着いています。そうしたほうが増えるらしいです。共生の関係らしいです。

カイメンは、「濾過食者」であり、小さな細菌から大きな藻類にいたる幅広い大きさの粒子を摂食している。カイメンは大量の水を濾過することが知られている。ある池のカイメン個体群はたった一週間でその池の容積と等しい水量を濾過してしまうと推定されている。(Frost,T.M., de Nagy,G.S.,and Gilbert,J.J.(1982).Population dynamics and standing biomass of the freshwater sponge,Spongilla lacustris. Ecology,63,1203-10)

芽球の状態で冬を過ごす。
多くの小型無脊椎動物(原生動物、貧毛類、線虫、ミズダニ、水生昆虫など、)がカイメンの表面や塊中に生息している。

カイメンは、珪素でできた針状の構造物(骨片)からなる無機質の骨格をもち、毒をもつことで大きな捕食者から身を守っている。

参考 『湖と池の生物学』 共立出版 占部城太郎訳 
pp,95-96
Christer Bro(ウムラウト)nmark and Lars-anders Hansson 著
『The Bioligy of lakes and Ponds』


昨年大きくなった淡水カイメンはこんなんでした。リンク
今年のは、黄色っぽい。

毒があるのねえ、しかも針状のガラス質のとげ!、
どうりでメダカ達は食べなかったわけだ。

濾過能力が高いのは、注目に値する。ぴかぴか(新しい)
害がないようなので、水槽の濾過に積極的に取り入れたいところだ。

しかし、増やそうとするとなかなか増えない。
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2008年07月18日

日本人と魚

日本人の脳は、魚を必要としている。漁業を守ることは、日本人の脳を守り育てることである。漁業を守ることは、国民を守る、この国の未来を創造する。


漁業組合、がんばれ。exclamation×2
国は、日本の漁業を守って、漁業業者の保護と、国民に安くて安全な魚を!!exclamation

以下、参考までに。

『平然と車内で化粧する脳』pp,57-59
(澤口俊之、南伸坊 扶桑社文庫 2004年5月30日初版)

日本人にうつ病が増えたわけ

伸坊 最近、うつ病って、よく聞きますね。不況だのリストラだのっていうのが、原因だと思われていますよね。
澤口 そういう要因も、もちろんあります。でも、少なくともほんの30年ほど前までは、日本人のうつ病の発生率は先進国の間で最低だったんです。あの戦争中や戦後の大変な時期でさえ、うつ病になる日本人は今ほど多くはなかった。ストレスという面から見れば、あの時代のほうがずっと強烈だったと思うんですが、、、。とにかく、うつ病やそれに伴う自殺は、もともと欧米でよく見られる現象であって、日本人には少なかったんです。
伸坊 日本人はウツ病になりにくかったんですか、へえー。
澤口 そこで見逃せないのが食生活の変化です。とくに、日本人が昔に比べて魚を食べなくなったのが原因と思われます。
 実は魚の摂取量とうつ病の発症率は反比例するというハッキリしたデータがあるんです。簡単にいうと、「魚をたくさん食べている人ほどうつ病になりにくい」。これは、魚に含まれているDHA=ドコサヘキサエン酸が、うつ病の予防に効果があるからです。煮た物質のEPA=エイコサペンタエン酸もよいですね。現に、軽いうつ状態程度であれば、市販されているDHAの錠剤を飲むだけでも症状がよくなることがあります。私の身近でもDHAの錠剤を飲んでうつ状態が改善した人がいます。それだけDHAを関係が深いわけです。
 DHAは脳内に含まれる大切な成分の一つで、脳のシナプスの働きをよくする効果があります。シナプスはさまざまな脳内物質の受け渡しをして、ニューロンからニューロンへと情報を伝達する役目を果たしていますが、うつ病の人はこの働きが弱っている。だからDHAを食べることによって脳の神経ネットワークが活発になり、うつ状態が改善されるのだと考えられます。
伸坊 あー、魚で、、、。その「DHAで頭をよくする」っていうのも話題としては出てましたね。
澤口 DHAやEPAは魚の脂の成分の一つで、マグロもそうですが、イワシやサバなどいわゆる青魚に多く含まれています。昔の日本の庶民は、これらの魚を大量に食べていました。それは日本人の脳が自然に要求していのだと思います。ネオテニーによって大きくなった脳の機能を維持するためには、それだけ多くのDHAが必要だったのかもしれないし、未熟な脳を発達させるためにはDHAを十分に与える必要があったのかもしれない。とにかくDHAつまり魚を食べることが、日本人の脳にとって重要なことは確かです。
伸坊 いやあ、そうなんですか。まったく、まさに戦後に間違ったんだなあ。今でこそ言わないけれど、以前は「肉、肉」って、豊かな生活のイメージが「肉」でしたよね、魚より肉を食べるのが文化的だった。とんでもないことですね。
澤口 もっと魚を食べるべきです、本当に。いや、私もなかなか食べないんですけどね。たからもう、どんどん記憶力が低下しちゃって、、、。だめですねえ。


年金もダメ、国民保険もダメ、教育もダメ、汚職に不正に、偽装に、悪のオンパレードだ。政治も外交もめちゃくちゃ、ワーキングプアに、格差社会。凶悪犯罪の多発。
牛乳を捨てたらバターもチーズもたりなくなる。そんな国ですが、漁業もダメになったら、日本人の脳もダメになる。国を愛するとか以前に、国民がダメになってしまう。もうなりつつある。どんな政治でも良いから、最低限、国民の「健康」と「安全」を守って欲しい。もう、それさえ危ういのが今の日本だ。

参考文献

『平然と車内で化粧する脳』 同上

『幼児教育と脳』 澤口俊之 文芸新書 文芸春秋

『家族の復権』 林道義 中公新書 中央公論新社

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2008年07月14日

オンキョーの付属ソフト

「SE−U55SX」に付いてきた、ソフト「CarryOn Music 10」を使ってみた。

ネットラジオをこれで聴くと、とてもよい。Windows media player や Real player より歪みっぽくない。
なぜ音が良くなるのか私には理解できませんが、圧縮解凍のプログラムの違いなのでしょうか。憶測の域をでません。

気にしていなかった付属ソフトの、予想外の好結果に、ちょっとうれしい。

昔のノートパソコンにUSB接続して、ネットラジオを気軽に聞くだけでも、音質が向上して、ちょっと満足。

そんなソフトが付いてくることも、知らなかったのである。

たなぼた。


追記
びっくりです。単品発売、4980円です。リンク
いやー差し引くと、今回購入した「オンキョー SE-U55SX」は、かなりお得です。

使えないバンドルソフトなら喜ばないのですが、これは音が良いので、本当に得した気分。プレゼント
posted by ta meta ta at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

最新?DACを聴いてみる。

オンキョー「SE-U55SX」を、CDプレーヤーのデジタル出力に繋いで、CDプレーヤーのDACと聴き比べてみた。

なかなか良いです。外観は、高級オーディオっぽくないのに、出てくる音は、まともなので、そのギャップが痛快です。むかし、フィリップスのポータブルCDプレーヤーにおしゃれな形のがあって、これまた良い音がした。それに似ている気がする。

オーディオを聴くというとは、、。
幸いにも、スピーカーの振動によって作り出された空気の粗密波を、スピーカーの振動版が振動しているだけにしか聞こえないというほどに、私の耳は良くないので、オーディオから出てくる音波を楽器や人の声として受け止めて楽しむことができる。

究極には、すべての音響製品は、みんな聴くに耐えられない偽だというのが、最高の耳?を持つ人の評価となるのだろう。

しかし人の耳は、よくできていて、(ダメなのかもしれないが、)スピーカから出てくる音を、人の声や楽器や、音楽などとして聞き分ける能力がある。50パーセントは歪んでいても、聞き分けられるらしい。そうかと思うと、非常に敏感な部分もあって、空間の広がりや、音が聞こえてくる方向を、きちんと理解できる。不思議だ。(そうでなかったら、せせらぎの音や風の強い日や小鳥の啼くジャングルの中で、人の声や天敵の音を聞き分けられなかったら、死活問題だね。)

実用的な話に戻ると、ホームオーディオは、好きな音楽を、心地よく聴けたらそれで良いし、それが唯一の目的でもある。(ただ、それだけのことなのに、こだわりだすと、40センチウーハーが600リットルのエンクロージャーに入って、狭い部屋に鎮座することになってしまう。しかも2台も。)

だから、どれだけ、自分の耳が(あるいは認識能力が)あたかも本物がそこで演奏しているかのように「だまされてくれるか」ということが問題だ。ピアノならピアノ、肉声なら肉声が、そこで音を出しているように錯覚してしまえる装置が最高なのである。
シューマンならシューマンが、ブラームスならブラームスが、そこに、ボワーンと現れ出るような、そう錯覚させてくれる音響機器であったら十分なのであって、サラウンドでも5.1チャンネルでも、ピュアオーディオでも、ラジカセでも、何でも良いのである。

「SE-U55SX」は、ボーカルやヴァイオリンの音が薄くなるように感じた。ボイストレーニングをして鍛えられた声帯と全身の体力によって発声される声や、ヴァイオリンの名手の厚みのある艶やかな音色の、聞かせどころが薄くなるように感じた。しかし、面白いことに、「SE-U55SX」ばかり聴いていると、今度は、ちがうDACの音が、「中域に固有の響きがあって聴き取りづらい」という感想にもなる。主観とは、相対的なものよ。こういう違いは、DACの石のもつ固有の性質で、イコライザーをいじったからといって、補正できるようなものではない。

また、「SE-U55SX」は古い録音のピアノ曲が、みずみずしく聞こえるのも面白い。よいDACができたとき、古い録音(フルトベングラーのCDなんか)が面白くてしかも安いので何枚も買ったものだ。


実は、昔、「PCM1710」で作ったDACは、高域が気になりだして、使わなくなっていました。「SE-U55SX」は高域も低域も、とても澄んで聞こえて良いです。

静かな夜に、目を閉じてゆったりと音楽を聴く場合にも、十分に実用になります。満足です。(私の主観的感想に過ぎませんが)

2万円でお釣りがくる機械で、こんな素晴らしい音が聴けるとは。
電子技術の進歩を実感です。
posted by ta meta ta at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

オーディオ小僧、再び。

マニアックに、拘わっているわけではないが、普段普通に聴いていたい音楽やラジオの音が、どうも歪っぽくて、特有の響きがあって、落ち着かない。

パソコンの「音」を何とかしたい。

そしてあれこれいじりだすと、オーディオの底なし沼に足を突っ込んでしまうことになる。

昔、当時高価だった「ラジカセ」から、立派な「ステレオ」に変えたときの驚きは、今でも覚えている。透きとおって、ボーカルの声が生々しくて、楽器の音が聞き分けられて。安いカセットテープと、お小遣いを貯めて買ったレコードが宝物だった。

そのうち、CDになり、DACやアンプを自作するようになり、スピーカーも、自作するようになった。

元を正せば、真空管アンプのレコードプレーヤーが始まりだった。「泳げ鯛焼き君」を聴いたものだ。「とんがり帽子の時計台、かーねがなりますキンコンカーン、、、」とか。
何の不足もなく、喜んで聞いていたのに、いまでは、音は格段に良くなっているのに、不満がある。

いや、フィリップスのCDプレーヤーに、スタックスのコンデンサーヘッドホンを繋いで聞いていて、これは、何の不足はない。

ここで今、問題にしたいのは、「パソコンの音」だ。

CDプレーヤーで落ち着いて音楽を聴く時間より、パソコンから垂れ流しにしているラジオや音楽、映画、アニメの音の方が、聴いている時間が長い。
インテルのマザーボードに搭載されていた音源装置が良くないのではないかと思った。

あるネット配信の音は、「シャワシャワ、シュワシュワ」した音がする。パソコンでCDをかけても、高域に歪がある。これが直ったら良いなと思った。

PCI、に刺せる物を、いくつか選んだ。

アンプに繋ぐのと、ヘッドホン端子の二つの出力があればよい。

オンキョーでは、SE-200PCI LTD
サラウンドはいらないのだが、下位商品を買うなら、数千円のちがいならこれを買った方がお得だ。サラウンド用のフロント出力にヘッドホンが繋げる。(実際にやってないのでどうなるか知らない)

1ビットDACだ、むかしマルチから1ビットになり、MASHから、ΔΣになり、たしかパナソニックとNTTの共同開発だったのではないかな。(追記 メーカーサイトには、マルチビットと1ビットのハイブリッド方式とある。リンク1 リンク2
1ビットは、簡単に安くて良い音を求める時には良いのだが、ある程度まで突き詰めると、金をかけたマルチビットの方が良くなる。どうしても「高域の歪」が取りきれないというのが私の持論だった。しかし、このオンキョーの製品は、その高域の歪を除去することができる回路を積んでいる(オンキョーはこの回路の特許を取得リンク
これは聴いてみたい。
以前、バーブラウンのPCM1710Uで、DACを作ったことがあった。電源は5個もトランスを積んで、デジタル、アナログ、左右を独立させ、ニチコングレートサプライWや、ASC、サンヨーOSコン、ブラックゲートに、スチコン、シーメンス積層フィルム、セラファイン、リケノームなどをおごって、
「そんなにいろんなコンデンサーを着けたからって音はよくならない」と海神無線のおやじさんに言われつつ、ごっそり買い込んで、コンデンサーだけでいくら払ったことか。管弦楽団の友人に聞いてもらったが、フィリップスのビットストリームより低音が厚い、高域の荒れは気にならないというお褒めの言葉を頂いた。ニチコングレートサプライが低音を支えていた、このコンデンサーは伝説だ。ただ、自分としては、高域に関しては、フィリップスのビットストリームに負けていると思っていた。
そんなこともあって、1ビットの新たな世界が聴けるのかと思うと、期待が膨らむ。

会社名がEGOSYSなのか、製品シリーズがAudioTrackというのか知らないが、
HD2 PRODIGY HD2 ADVANCE
まさに、こんなのが欲しかった。ヘッドホンに力を入れているのがよい。DACは、旭化成のAK4396だ。このDACの姉妹品「AK4397」は、エソテリック「D-05」に採用されるほどの優秀な石だ。しかし、単体の大きなDACなら、しっかりした電源、左右独立、大きなコンデンサー、ふんだんに物量を投入し、さらに理想的なアースやシールドができるだろうが、PCI基板上で、貧弱な電源、狭さ、ノイズまみれのパソコン内でどれだけの性能が引き出せるのか、聴いてみたいというより疑問だ、否、聴いてみなければ解らない。うーん、迷う。(追記 旭化成は、昔AK4303という石があったが1ビットDACと言っていた。今回のこのAK4396やAK4397は、アドバンスト・マルチビットというらしい。)



迷う、オンキョーの1ビットの新たな世界か。
硬派な旭化成の、マルチビットか。ヘッドホン専用バッファも捨てがたい。

結論
オンキョーの新技術によって、電源の大きさやや、コンデンサーの性能に左右されないDACが作られたのかもしれないという期待から、オンキョーにしました。
「AK4396」は、また別の機会に。

そして何を買ったか

オンキョー「SE-U55SX」です。決定

基本性能は、、SE-200PCI LTDとほとんど変わらないのですが、利点がたくさん。

肝心なDACが「PCM1796」になっています。「アドバンスト・セグメント」と言うらしい。どちらか分けたら1ビットDACだと思うのですが、もう私はついていけない。むかしPCM1710と使ってまあまあだったので、心配せずにこれに決定。

まず、USB接続だから、他のパソコンにも簡単に繋げる。なんといっても、これが一番の利点だね。
そして、DAC単体として、他のCDプレーヤーや、DVDプレーヤーに繋ぐことができる。CDプレーヤに繋いで、聴き比べをしたいところ。

ヘッドホンの音量の調節が、感覚的にできること。要するに大きなボリュームつまみが前面にあること。
そして、ライン入力端子もしっかりしていること。昔のカセットテープをパソコンに取り入れられる。語学の勉強のカセットテープをこれを経由してパソコンに取り込んで、小さな携帯用のデジタルオーディオプレーヤーに入れて外出先で語学の勉強ができる。

電源は、相変わらず貧弱なのですが、パソコン本体と隔離されたことは、メリットがあるような気がします。
ボディーもパソコンの外に出たことで、やはり、ノイズや振動、熱の影響からかなり影響が少なくなりました。

で、聴いてみました。
確かに、全体的な音は、よくなりましたが、完全にクリーンで最高の音だという訳には行きません。

逆に、パソコンのマザーボードの音源もそんなに悪い物ではなかったのだということも解りました。問題は、ネット上に送り出す側の音質でした。CD製作もそうですが、作る側の機械が良くなって欲しい、レコーディングの技術が良くなって欲しい、と思いました。聴く側が、いろいろ苦労をして良い音を追及しているのに、CDが作られたときにノイズが乗っていては、どうにもならない。

ここに、二枚のCDがある。

リヒテル シューマン ビクターリヒテル シューマン イギリス








ビクターの「K2」の技術で作られたCDは、とてもよい音だ。まるで、目の前で演奏しているようだ。

同じマスターテープから作られたCD(イギリス製)は、隣の部屋のピアノの音が聞こえてくる感じだ。

もちろん、どちらが「原音」に近いとかは言えない。
印象論でしかないが、ビクターのK2で聴いたから、リヒテルのピアノの凄さが伝わってきたといいたくなる。たくさんCDを持っているが、このリヒテルの交響的練習曲OP,13があれば、他のCDはいらないとさえ思える。「イギリス版」の方を聴いただけなら、そうは思わなかっただろう。

ちなみにこのビクターのCDは、むかしLPだったのをCDで復刻、今は、ヤフオクで時々見かけますがプレミアがついています。ビクターさん、再販してくれないかな。
posted by ta meta ta at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

不意打ちの35度c

熊谷気象台、35度でした。水槽も大丈夫。
「なんだか暑かったなあ。」という感じで過ごしてしまった。

昨年40度を体験しているので、35度なんて、エアコンなしで快適さ。

あと、まあ、このあたりは、夜になると涼しくなるので、昼間だけ我慢したらよいのだ。都内では夜が寝苦しくて、人なんてエアコンなしで住めたもんじゃない。
このあたりでは、むしろ、窓を開けっ放しで寝たら、風邪をひきそう。

まだ7月上旬というのに、35度になってしまった。8月が恐ろしい。水槽も何とかしないと、魚たちはゆだってしまうかも。
posted by ta meta ta at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

赤城山 地藏岳

赤城でも、見晴らしの良いのは、ここ地蔵岳。
アンテナがあるからかと思いますが、部分的に木が刈られています。

いつもツーリングに来ても、峠を越えるときに見晴らしが良いので、わざわざ登山はしないのですが、
「一望できるよ」と話を聞いたので登ってみたくなりました。

近くの駐車場にバイクを置いて、ちょっと不安。一応鎖で二重にロックしておきました。


NHK中継アンテナ目標はあれだ!!NHKの中継アンテナ。あそこが地藏岳だ。






道しるべなんだか、可愛い登山口だ。
たよりない。
本当にここでよいのか不安になる。
たぬきのいたずらではないか。猫



登山口一歩踏み入ったら、もうこんな山の中。道なき道をはっていく。
帰れなくなったらどうしよう、と本気で不安になる。

5分も一気に登ったら、もうだめだ。400メートルを一気に全速力で走った後のように苦しい。
標高1300メートル、空気が薄いのか。これは、引き返したほうが良いかと真剣に考えた。低い山だって遭難する時はしてしまうものらしい。


赤城 蝶 110歩登っては、3分休憩。休憩している間に、蝶や鶯が近くに来るので写真を撮ったりして、まあ、そんな登山も良いだろう。
「うぐいす」の声が終始聞こえていました。心地よい声でした。托卵されずにがんばっているのかな。



赤城 蝶 2
赤城 トンボ 地藏岳







途中途中、広いところに出た。まだ半分。しばらく休憩。
「くま笹」は昔、冬に、煎じてよく飲んでいました。風邪予防に。体が温まる。あまい味。





頂上 1頂上に着いたら、いっぱいアンテナがある。見晴らしは良いが、山ばかり。
標高1674メートル。風が心地よい。
気持ち良い。



五輪塔「天下泰平、風雨順次」とある。一番下の方形の石に「あ」とあるので、五輪塔だったのだう。水の丸い部分が無くなっているし、適当に積み上げられている。ころがっていたのを直した人が、めちゃくちゃに積んでしまったのだろう。(憶測。もしかして、こんな塔も存在するのか?)





雨乞い?これに水を溜めたり、供物をお供えしたりして、雨乞いをしたのだろうか。昔の「パラボラアンテナです」うそです。
追補
「かま」釜だそうです。鉄製の蓋があって、つい最近まで、お盆の始めに蓋を開けて、終わりに閉めたそうです。赤城山には、仏教説話に出てくる地獄にちなんだ地名が多いことも、そんな信仰からだそうです。



nhk無線中継アンテナ
2千年後にパラボラアンテナだけ発掘されて、「これは一体何に使ったのか」
「きっと、雨乞いの祈祷の時に、お供物をこれにお供えしたに違いない。」と学説が定まる。

目標だった「アンテナ」こんなんだったんだ。



登りは、1時間かかりました。下山は30分で帰ってこられました。
暑くて汗をびっしょりかきました。
靴は丈夫な物を。命を預ける道具です。

ビギナー登山体験は、これでおしまい。ベテランにはハイキングみたいなものかな。晴れ
posted by ta meta ta at 18:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月02日

効果のある省エネとは

町村官房長官の認識は、間違っている。深夜放送を辞めてもCO2削減にはほとんど結びつかない。リンク
コンビにも、深夜営業をやめても、効果は薄い。リンク

国や政治家は、何故、専門家の意見に耳を傾けないのか不思議だ。恥をかくのは本人だ。
(参考リンク、

有権者が環境に関心があるから、環境に良いと思われていることに賛同したら、イメージアップにつながるぐらいにしか、思っていないのか。
その程度の環境政策なのか、その程度の政治家なのか。

町村官房長官、自治体のコンビニ深夜営業への自粛要請を評価
 町村官房長官は2日夕の記者会見で、一部の自治体がコンビニエンスストアの深夜営業自粛を求めていることについて、「低炭素社会の実現は、大量生産、大量消費の生活パターンを切り替える生活革命だ。その意味で一つのアイデアであり、傾聴に値する」と評価した。

 また、テレビの深夜放送自粛についても、「一つの取り組みではないか」と指摘した。

 コンビニ業界からの反発については「『自分たちだけスケープゴートにするのか』と短絡的に反応するのではなく、問題提起を受け止めてもらいたい」と理解を求めた。

 政府の対応については、「政府が強制的に決めて物事がうまく進むとは思わない。地球温暖化問題に関する懇談会などで議論して方向付けしてもらう方がいい」と語るにとどめた。
(2008年7月2日20時00分 読売新聞)


コンビニから出る毎日の大量の廃棄を見て、こんなことをしていたら、そのうち日本は崩壊するな、と思ったものでした。コンビニには、否定的な思いがありますが、コンビニが深夜営業をやめてもCO2削減にはほとんど効果はありません。

生活は多様化しています。三交代の深夜の仕事をする人、早朝昼ご飯を買う人などもいますし、仕事の都合で買い物を昼間にできない人が、大量に冷凍食品を買い込んでおくよりも、コンビニでその都度普通の温度の食品を買った方がエネルギーを使わないかもしれません。

しかし、不必要な深夜の買い物は、好ましくないと思います。夜中にいなり寿司がどうしても食べたくなっても、我慢すべきだと思いますし、夕飯をきちんと食べて、夜は寝る、規則正しい生活をすべきだと思います。夜中にふらふら出歩くもんじゃありません。「夜警、防犯」の意味からも。
 小学生低学年でも、「学級崩壊」があります。情操教育以前の問題です。先生の言うこと聞かない。6歳や7歳の子供がです。これは、基本的な生活ができていない、完全に親のしつけの問題です。夕方には、夕飯を食べさせ、風呂に入れ、8時頃には寝かす。宿題もそれまでに終わるようにみてやる。これが親の務めです。しかし、決まった時間に決まったことをする、食事の時間に食事をする、そんな習慣がしつけられていない。だから学校でも、授業中に授業を受けることが理解できない。話がそれてしまいましたが、夕飯をきちんと食べて、お風呂に入って、寝て、朝飯を食べて、学校に行く、こんな当たり前のことができていない。コンビニがいけないわけではありませんが、基本的な生活習慣ができない親に利用されていて、子供たちが被害者になっています。

数十年前の、オイルショックのときも、東京タワーの電灯を消したり、深夜放送をやめたりしていましたが、同じようなことを今行っても、効果はありません。(その当時も、どれだけ効果があったのでしょう、疑問です。)
posted by ta meta ta at 21:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンビニ24時間営業と省エネ

ずーっと、電力ネタを書いてきましたが、こうなったら、7月7日まで、省エネ期間だ。

今回は、コンビニの24時間営業は、見た目ほどムダではないことについて。

結論から申しますと、コンビには、24時間やってよいでしょう。その分、24時間電気を食いまくる「自動販売機」清涼飲料とタバコのを、できうる限り撤去したらよい。24時間営業のコンビニが近くにないようなところでは販売機は置いておいても良いだろう。

24時間営業の店があるのだから、自動販売機はいらない。タバコの販売機もいらない。かなりの「消費電力のピーク」を抑えられると思う。そして市民の生活には悪影響は少ない。

さらに、コンビニから出る廃棄だ。24時間でない場合、閉店時間に残った期限間近の食料品は、全て廃棄となる。

ただ闇雲に、24時間をやめたら省エネになるなんて簡単なもんじゃないですね。個々の、小さな部分を詰めていかなければ社会が複雑になっているので「省エネ」にはならないのですね。

何度も書きましたが、夜の発電力は余っています。だから、有効利用を考えるべきです。夜にバッテリーを充電して、昼に使うのはとてもよいことです。
同時に、昼間の電気(ピークの時の電気)を減らすようにすることです。24時間営業を減らしたからといって、CO2削減に直接むずびつく量は皆無か微々たる量でしょう。現時点では。(夜中に配送する分が少なくなるとか、コンビニがやっていない分の人の活動に関わる分は、CO2削減になるでしょう。)


以下、参考までに。

コンビニの深夜営業問題、「功罪両面の議論が必要」−ファミリーマート上田社長
7月2日8時34分配信 日刊工業新聞



 【さいたま】ファミリーマートの上田準二社長は1日、自治体がコンビニエンスストアの深夜営業自粛を検討していることに対し、「コンビニのメリットと環境負荷を総合的に議論する必要がある」と慎重な姿勢を示した。埼玉県との包括連携協定締結後に同県庁で記者団の質問に答えた。

 上田社長は「新たな市場として大学構内やオフィスビルなど、24時間営業でない店舗も増やしている」とした一方で、「路面店については昼間に来られる人ばかりでないことや、深夜に明かりが全くないのも問題」と、治安面や利便性などで企業として社会的な責任があることを強調した。


節電とは関係ありませんが、蛇足ながら、
気になることは、昼ごはんにコンビニの弁当を食べて、昼休みを車のエンジンをかけてエアコンをかけて、車中で休む人がいるということ。何とかならないものか。

それから、「コンビニのおにぎり」には反対です。おにぎりなんて、朝、家にあるご飯をにぎってきたらよい。自分が食べる分だけを。コンビニでは売れるかどうか解らないから、大量に品揃えをする、そして大量に売れ残る。そして廃棄。
しかし、一人暮らしなら仕方ないか。家族がいても朝に準備ができないことの方が多いか。

むかし、朝7時から、夜11時までやっていることが衝撃的でした。ムダだと思いました。店なんて、あさ10時から夕方6時まで、週に一日と、盆と正月の一週間は休みが常識でした。それでも不便だと思っていませんでした。ね。皆さんも、、。?
posted by ta meta ta at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

でんこちゃんmechanical pencil


でんこTEPCO景品です。どこで貰ったのか忘れました。
須田貝ダムのTEPCO電源PR館だったかな、確か、ボールペンだったかな。
高野山東京別院の地下は、東京電力の送電のターミナルになっていて(東京電力高輪変電所)、見学をさせてもらえます。確か、テレカを貰ったかな。テレカ!!過去の遺物となってしまいましたが。

どこで貰ったかは、忘れましたが、なんだか宝物です。

「でんきを大切にね」でんこ
posted by ta meta ta at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする